学年暦の都合により、年々入学式が早くなり今年も続いて遂に最も早い4月1日となりました。わが国の新学期の開始にはつきものの桜の花もとまどい気味であります。
しかし、大学のキャンパスの桜は今日は皆様の晴れの日を待っていたように一斉に開花し、諸君のご入学を祝うかのようであります。この日のため遠方よりおいでになった、ご父母の方々、大学関係者の方々、ご臨席まことにありがとうございます。京都の春、その桜は実に美しゅうございます。
また、この晴れの日のために、特に壇上にご臨場下さいました浄土宗知恩院御門主様よりご祝辞を賜ります、安井知恩院布教教務部長をはじめ、法人富田理事長、多数の大学関係者の方々に感謝し、今日人生の新たな出発を迎える学生さんと共にこの式を祝いたいと思います。
さて、私どものこの大学は平成8年4月に開学致しまして、今年で丁度11年目で、これからまた新たな飛躍に向かって前進致したいとの決意を新たにしたところでございます。
新聞紙上でご承知のように昨年から法律が改正されまして、全国の国公私立の大学は7年に一度の第三者による評価を受けなければならなくなりました。この度、本大学も財団法人大学基準協会の審査を他に先駆けて受けました。そして、この程その審査に合格し、正式通知を受けたところでございます。これで名実共に社会に認知された一個の大学となりました。
また、現代社会学科はこの4月からいよいよ第3年次生が専門教育の課程に入ります。これで学生数は大学院併せて1884名となり、新入生は484名でありました。それに併せて、キャンパスの整備を行い、手始めに学生用運動グラウンドおよびクラブボックス用の建設を開始し、やがて大学内の諸施設を更に整備して、21世紀の国際社会の教育環境に耐えうる理念や組織を備えた新しい大学へと脱皮すべく準備を開始致したところであります。
さて、皆様ご存知のように、これから諸君がこの大学で学ばれる時代は、色々な意味でわが国の教育に、基本から再検討を加える大変な時代を迎えております。ことによると明治以来の大変革の時代であります。
大学はかつてそうであったような、ネイションビルデングのための官吏養成を中心としたエリート教育機関としての社会から隔絶された象牙の塔ではなく、これから全入時代の大学へと姿を変えてまいります。この国際化の荒波の中で、どのように人々が国際社会と対峙して、諸外国の人々と和して、わが国を再び繁栄に導くユニークな若者を育てられるかが、教育の基本となり、その実現が根本から問われる時代になって参りました。
本年度から本学は建学の精神をより分かりやすい言葉で言い表した標語を使うことに致しました。それは「響きあうこころ、生かしあういのち」であります。
ご承知のように、国公立大学も独立行政法人となり、学校法人たる我が学園も同じ土俵で、また大規模の大学とも競争し、その教育の質の優劣が問われるようになっております。諸君はその様な国際的な環境下で、我々教職員も精一杯努力しますが、どうか21世紀の課題を背負って人を生かし、立派に生き抜く人材になるための勉学に励むよう期待しております。
そこで、ご入学の皆さんがこれから学業を始めるに当たってひとこと述べます。専門的な学問のアドバイスはそれぞれの学科で先生方からご教示があると思いますが、学長としてその基本に関してお話申し上げます。まず、強烈に今考えられるのは、このような点です。
それは、学問は西洋ではギリシアの古代、中国では漢や唐の昔から、「武の人」ではなく言葉を使う「文の人」(Man
of Pen)として人々の尊敬を集めてきました。この21世紀に於いても同様です。ただ世界的に見て「武の人」(Man
of Gun)やプラスティック・マネーを使う人が幅を利かせている現状は残念ですが、本当に必要なのはこの「文の人」なのです。
ところがこの力に今大変化が起こりつつあると私は見ております。すなわち、古代は羊皮紙や葦で編んだパピルスに、或いは楮の木の皮ですいた和紙に羽のペンや毛の筆で文字は書かれました。やがてグーテンベルクの発明で言葉は印刷されて急速に広い影響をもってその力が発揮されて来ました。その紙から、今日ではデジタル情報に変わり、コンピュータを介して瞬時にしてその電子情報は世界を駈け巡ります。
皆さんは恐らくそのコンピュータの発達と共に育ち、それを紙や鉛筆のように使いこなす新しい世代に属する人々かも知れません。既に、携帯電話を使えば、教室だけでなく、地球上の何処にいても瞬時に欲する情報を手にすることが出来るようになりました。グーグルの検索エンジンを使えば、エジプトのパピルス文献から、わが大学の図書館の書籍まで、ありとあらゆる地上に存在する文献、人類の知の財産を探しだして貴方に提供してくれるでしょう。
つまり、貴方は媒介なしに一対一で、大してコストをかけることなく、世界中と真向から対峙することが出来るのです。もし、貴方が独創的な考えを創出して、世界に訴えれば文字通り世界は歓迎し、今までの知の独占が破られて、全く見知らぬ人間同志の結合で相乗効果が発揮されて、これまでの世界の「知」の閉塞的な状況は打ち破られるかもしれません。
これは私の夢想のように考えられるかも知れませんが、私たちの大学でも創立の時、当時は画期的で珍しかったコンピュータを学生全員に購入するよう義務づけていましたが、今日ではもはやそれも必要なく誰でもが自由な機種で持っている状態になっています。今、この式辞もすべて大学のホームページで見ることが出来ます。
これはどういうことを意味するのでしょうか?計り知れない可能性を秘めた世界が諸君の前に出現しています。現実というレベルで今私は貴方々と顔を合わせていると同時に、バーチャルな非現実的なレベルを含めて情報は飛び交い、あなた方をも含めた全世界の人々とも対峙しているのです。今まで手の届かなかった人々、他の国の情報や知慧が直ちに手元にとどくようになったのです。
そこで、貴方はそれを駆使して、ペンの武器をもって知の戦いの前線に立つのです。それが、人々をして英知でこの地球をよりよい方向に導くか、反対にただ退廃と暴力と果てしないテロによる殺し合いの破滅へ導くかの瀬戸際に立っていると思います。
既に、人間はこの何千年の歴史を閉じるだけの科学の力を得ているのです。
どうか、諸君の生きるこれからの時代を諸君の英知という「文」の力で生き返らせて欲しいと思います。我々の学校は小さく、新しく、社会的な力はないように見えますが、「知」の創造的な力は無限です。現代社会学科の学生は数多くのベンチャーを起こすかもしれませんし、臨床心理学科の学生は深い人間の意識の深層を掘り起こし、文化人類学科の学生はそれぞれの文化にある基層を掘りあてて、思いもかけない人々のネットを通じて知的バイブレーションを起こして、人が全く想像もしなかったよりよい世界の創造に、寄与できるかも知れない時代が来ているのです。
すぐる数週間前、WBCの試合で私はテレビの前に、釘付けになり、視聴率50%以上と言われた群衆の一人になって喜びました。アホなアンパイヤに思わず罵声を浴びせ、同時に野球というゲームの中に如何にドラマがあり、王監督が苦境のどん底から這い上がって、全員一丸となって耐え、力を出す人間のチームの力を見ることが出来ました。人間相互の努力が如何にして相乗効果を発揮するか、その素晴らしさを見て、それに酔いました。
諸君にはまだ来ない未来に向う若さという未知の力が秘められています。どうか、このキャンパスの中で友を見付け、時に連み(つるみ)、師を見出し、何よりもその志を立て、人生の理想を見付けて欲しいと思います。私はお一人お一人にこれから青春に幸運あれと心から願って式辞を終わります。
|
|