桜にはまだ早いですけれど、今日の大学のキャンパスは既に春一 杯の季節となっております。
ここに晴れて、京都文教大学の学部および大学院をご卒業になる皆さん、ご卒業本当におめでとうございます。
また、このために、はるばるご来場くださったご父母の皆様、もしかするとお孫さまのために ご列席の方もいられるかも知れませんが、ご子息方のご卒業を心からお祝い致します。
また壇上には、浄土宗知恩院御門主様のご来賓を初め、大学関係者 の方々、お忙しい中に、この式にわざわざご出席くださり、花をそえて頂きましたこと、まことにありがとうございます。この栄えの日を、卒業生諸君共どもに、 心からお礼を申し上げます。
さて、私ども、学校法人京都文教学園は一昨年秋には創立100周年をお祝い致し、ここに幼稚園、小学校、中・高等学校、短期大学、大学は博士課程までを擁する一大総合学園となり、大きな変貌を遂げました。
昨年の卒業式には、本大学の博士学位(臨床心理学)第一号が誕生したところであります。
また、私どもの大学は創学10周年を迎え、この3月には財団法人大学基準協会の一年にわたる認証審査を終え、晴れて審査に合格したとの内定を頂戴したところでございます。
発足以来の大学歴史は浅いにも関わらず、一昨年度施行された法律に準拠して外部の専門家による認証評価を受け、さいわいいち早く合格しましたことをご報告申し上げると共に、卒業生諸君と共に慶びたいと存じます。
そこで、今諸君がご卒業になって出られる世界は、ご承知のように実に不安定なテロの頻発する危険な世界になっております。各国の利害が輻輳して対立し、それぞれ棲み分けられていた文化が相互に衝突し、人や世を救うべき宗教すらも互いに争っており、いつ終焉をみるか見当もつかない時代の真っ直中におります。
ここしばらくは大学院に進学して更に勉学に努める方もいるかもしれませんが、いずれにしても、早晩この危険な状態の中に出でざるをえません。
諸君の中には早速就職して、直ちに海外の地に赴任する方もおられるかも知れませんし、私は、その様な状態に直面している諸君に対して、どのような餞の言葉が適当か実に困難を感ずるものであります。
しかしながら、諸君より些か先に生まれ、昭和の戦前、戦中、戦後の時代を生きて、また学問の徒として長い時間を過ごし、多くの若い学生さんと接触する機会を多く与えられた者として、何を一言、今贈れるか、そう考えて心に浮かぶことを一言語ってみましょう。
それは、孤独についてであります。本当に人間は孤独であり、あなたの若き日に、その恐ろしいほどの孤独の淵の深さを知って欲しいという願いであります。
私はただ何も独りぼっちになって、人との交わりを絶てといっているのではありません。むしろ反対に、諸君はどんな人とも豊かに交われる、語り合える、人付き合いのよい、人間関係を大切にする人となって頂きたいきと思っています。そもそも古来、東洋の礼というのは、人間と人間の間を言い、人と会ったら、礼を尽くして、交わる人は、どの様な職業についても、いつかは人に認められて、有用な職務を任される人となると思います。私の人生経験がそう教えています。
反対に人と会っても、会釈もできず、礼儀を知らない人は、やがて疎んぜられ、どんなに知識があり、頭が切れても、人間としては、結局尊重されることはないでしょう。
私が思いますのに、今の社会はその様な明るい、誰とでも、偏見なく友人となれる人を、会社も家庭も、組織も求めています。どうか出来ますれば、努めてそのような明るい人になって、この困難な多様な世界に出ていって欲しいと願っています。
しかしながら、じつは、本当に深い心の奥で人と交われる人は、真に孤独を知る人です。自分が孤独を知るからこそ、人の耐えている孤独が痛いほど分かって真の交わりが出来るのです。ただ、孤独に耐えきれず、他人を利用してみても、ただ孤独が倍増するだけです。どうか、この仏教精神を基本とする大学で学んだ諸君は、仏のみ顔に刻まれている、その深い孤独の悲しみと、そこから沸き起こる無限の慈しみを思いだして下さい。諸君の大学生活を送った京都は実に美しい学問の国際都市であります。このかけがいのない青春の日々を想い出として胸に刻んで、卒業していって下さい。
どうか皆さん、この変転極まりない世界で、たとえ中東の石油に何か予期せぬ事が起こっても、中国の人口が爆発しそうになっても、東北アジアのバランスが極端に崩れても、次の時代は皆さんの生きる時代です。
52億人の人々が、この緑の惑星地球号の乗組員として、それぞれかけがえのない命を共にできるように働いて下さい。
どうか、貴方の命を大切に、私どもはここにこの大学創学の精神を一つの標語に致しました。それは、「響きあうこころ、生かしあういのち」というものです。これを今年からモットーにいたします。皆様がどんな職場に行こうとも、皆様にどんな人生が待ちかまえようと、その孤独を極めれば、そこにはともに響きあう「いのちの力」が湧出ること念じて、一人一人先生方から学んだ事を胸に抱いて雄々しく未来へと船出していってください。
最後に中国は唐の詩人、杜甫(712-770)はこう詠いました。
江(こう)は碧(みどり)にして鳥は逾(いよいよ)白く
山は青くして、花は然(も)えんと欲す
今の春も 看(ま)のあたりに又過ぐ
何(なん)の日か 是れ帰る年ぞ
意訳すると
河は深い碧で、水辺の鳥は真っ白、
山は緑に、花は春を盛り、燃え上がっている。
この時は止まらず、今、眼前をあっという間に過ぎて行く、
ああ、何時又、私はここに帰るのだろうか?
もし、諸君が人生に打ちひしがれた時があったら、母校を思い出してください。そして、このキャンパスで一人になった悲しみを癒して、また社会に出行ってください。皆さんの前途のご多幸を祈っています。(おわり) |
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