入学式大学長式辞 平成17年度(2005年度)
樋口和彦学長
今年の桜はいつになく寒さで開花が遅れておりましたが、皆さんのご入学を祝うかのように一斉に咲き始めました。また全国に数多く大学がある中で、本学をお選び下さいましたことありがたく存じます。これは何かの深いご縁でございます。今日入学される皆様をお迎えする私ども教職員は一丸となって皆さんを大切にしていきたいと思っております。
また、その晴れの日のために、お忙しいところご列席たまわりましたご来場のご父母の皆様、壇上にご臨場下さる浄土宗知恩院御門主様よりのご来賓をはじめ、法人理事長、多数の大学関係の方々のご列席を賜りまして実にありがとうございます。
さて、私どもはこの2005年度の学部、大学院の入学式をことのほか喜んでおります。この大学は平成8年4月に開学致しまして、今年で10年目の輝かしい時を迎えようとしております。平成12年には文化人類学と臨床心理学の大学院修士課程が発足し、14年には臨床心理学の博士後期課程が発足し、また、昨年新たに現代社会学科という新学科が加わり、今年3月にわが国で始めての臨床心理学での博士第1号が誕生したところでございます。
昨年は時あたかも、幼稚園から小学校、中・高等学校、短期大学、学部、大学院博士課程までを擁する学校法人京都文教学園が創立100周年を祝ったところでございます。つまり、明治36年の浄土宗の高僧獅谷佛定(ししだにぶつじょう)上人の発願、翌37年2月9日の高等家政女学校の創設以来100周年になりました。
さて、皆様ご存知のように、これから諸君がこの大学で学ばれる期間は、色々な意味で大変な不安定と変革の時代になると思います。わが国の教育も、この10年余に渉る不況の時代を経て、あらゆる分野で制度疲労を起して抜本的な改革を必要としております。これからは、いよいよ国際的な競争的環境世界の中にあって、どの様な状況になっても通用する世界的に有用な人材をこの大学は輩出できるか?それによってその教育機関の存立の意義が計られる時代にいよいよ入って参りました。国公立の大学といえども、独立行政法人となり、もはや親方日の丸の教育や経営で安閑としてはいられぬ時代になりました。欧米は言うに及ばす、お隣の韓国や中国の大学とも肩を並べてその優劣を競わねばならぬ環境になりました。
私どもの学園の創立はちょうど100年前で、それはちょうど日露戦争の勝利に酔って、近代国家の道を踏みだし、その後ややともすると勝利の傲慢に陥り、列強に肩を並べ、政治的経済的な発展のみを考えて、唯ひたすら繁栄の道を歩んで来ました。止むを得ざるものがあったとは言え、その道を突き進むことによって欠落したものもまた多くありました。
この旧称家政学園に言い伝えられた1つの逸話があります。学園の祖獅谷佛定上人(ししだにぶつじょうしょうにん)が九州のある川の渡し場で一人の若い女の人のふるまいを見て、深く思うところがあり、やがて来る人間の心への教育の必要性を悟り、一念発起されたのがそもそもの女子学園創立の発端と聞いております。当時の明治政府は富国強兵に走る余り、教育は官学、しかも男児の官吏の養成教育と軍隊の近代化に精力を使い、女性や幼児の教育には目が届きませんでした。そこで、市井の私人、特に心ある仏教徒であられた坂根弥兵衛氏の助けをかりて、早速この京都で人間のための教育が芽生えたのであります。
以来わが国の私学は戦前戦後の苦闘の時代を経て、良心的な教育者によって国家の庇護に頼らず、人間教育の伝統が守られてきました。この槇島のキャンパスにも営々として戦前戦後を通じた教育が受け継がれて、今日の我々の大学の基礎となったのであります。石の上にも3年と言いますが、いま、10年目でやっと大学らしい装いが出来つつあるところであり、これをもって満足することはできません。新しい200年に向け、更に明日への飛躍を期しております。
諸君がここで学び、ここで卒業するからには、ここで学んだことがこれからの一生の長い期間、世界に通じる何かを得なければなりません。大学も何かを与えねばなりません。いくら就職率や進学率を誇っても、それを諸君に与えなければ存立の意味が無いと私は思っております。
創立の10年目、私達教職員一同、心を新たにして、諸君をお迎え致しますので、諸君も一回しかない青春をかけて、ぶつかってきて下さい。ある意味で、学問とは教える者のエゴと教えられる者のエゴ、つまり自我と自我のぶつかりあいでもあります。フレッシュな探求心で思いっきりそれを学業にぶっつけてみて下さい。私の自慢できる先生方はきっとそれを受け止めて下さるでしょう。
どうぞ、若いからといって、体をこわすような無茶をしないで下さい。悔いのない貴方らしい青春の日々を、この千年の都京都でおくってください。もし、いつの日かあなた方も家庭をもち、お子さんと話し合う折には、その子に向かって、ここが私の学んだ大学で、それはそれは楽しい実りのある若き日だった、と言えるような日々にして下さい。
最後に諸君がいま何の不自由もなく話し、聞くことができますが、外側から見ても何の変わりも見えないけれど、聴覚に不自由をもつ学生さんを学部の新一年生として私達はお迎え致しました。どうか、様々な困難を乗り越えて学業を終えられるよう、学校も努めますが、皆さんも温かい手を貸してあげてください。その方のここでの体験が共に嬉しい体験となるように私は期待し、お願い致します。では、これにて諸君のご入学に際しての学長としてのささやかなお祝いの言葉と致します。