あーゆす11号1頁

ツヴァイクの『昨日の世界』
副館長・助教授  伊 藤 和 男

オーストリアの作家、シュテファン・ツヴァイク(1881-1942)の『昨日の世界』(Die Welt von Gestern)は、第二次世界大戦のただ中、亡命生活をしながら、参考にするべき著書もなく、メモも手紙もない状況下で記憶のみにたより書かれた、ヨーロッパ、とりわけ故国オーストリアのウィーンを中心とする文化の崩壊を嘆く書である。

私の心に今だに残っている彼の言葉をあげてみよう。「つねに知らされ、引き込まれるということに対して、いかなる防禦も安全もなかった。人の逃れるべき国はなく、人のあがなうことのできる静けさはなかった。……つねに人は国家の要請に従わねばならず、最も愚劣な政治の餌食となり、最も空想的な変化に適応せねばならなかった。どんなに深く憤ってそれに反抗しても、つねに人は共通の問題につながれた。しかもそれはあらがい難く人を引きさらったのである。」当時の全体主義の嵐の中で、古き良き文化とそれをささえてきた社会が消え去って行く姿を目の当りにして、作家、芸術家として、個人の自由、人間の魂の自由をかけがえのないものと考えるツヴァイクの憤り、嘆き、精神の叫びがうかがわれる。

「万人が自己の規範を持ち、自己の一定の尺度を持っていた。」と、安定と秩序の時代をなつかしむツヴァイクが愛し、心より享受することが出来たものが19世紀のウィーンを中心とする、とりわけ音楽、演劇に見られる天才的な文化であった。「文化とは、人生の粗野な素材からその最も巧緻なもの、最も繊細なもの、最も精緻なものを、芸術と愛とによって機嫌をとりながら取りあげること以外の何を意味するであろうか。」と彼の文化論を展開する。ウィーンの人々が日常的に音楽、踊り、芝居、談笑を好んだと語り、「文化に対するこのような愛なくしては、この芸術という人生の最も神聖な余事を味わうと同時に吟味する感覚がなくしては、決して真のウィーン人とは言えなかった。」と誇らかな気持で当時を回想している。

彼にとっての古き良きヨーロッパが現実から過去のものになりつつある時代の流れの中で、「何か別なもの、新しい一時代が始まった。しかしその時代に至るためには、どんなに多くの地獄と劫火とをまだ踏み超えて行かねばならなかったことか。」と語っているが、未来に対する希望を抱きつつも、その困難に絶望する姿もうかがわれる。

『昨日の世界』は実に文化というものについて深く考えさせられる書であると同時に、この世における人間の幸福、内面の自由、国家と個人、時代と政治など、様々なテーマについて含蓄ある言葉の数々を発見することのできる書でもある。「この私の生命にとっては、つねに精神的な仕事がもっとも純粋な喜びであり、個人の自由が地上における最高の財産であった。」という惜別の言葉を残し、1942年2月22日に自らの生命に終止符を打ったのである。豊かなヨーロッパ文化の最後の果実を味わうことの出来た教養人にして、洗練された文化の最後のにない手であったと言えよう。

(引用は、みすず書房発行 ツヴァイク全集『昨日の世界』I、II 原田義人 訳による)

戻る

京都文教大学図書館 京都文教短期大学図書館
〒611-0041 京都府宇治市槙島町千足80番地

Design Concept by MoogaOne