あーゆす11号4頁

『燃えよ剣』
生活科学専攻2回生  西 川  瞳

現在新撰組はNHKで放送され話題となっています。そこで私は、多くの人に関心を持ってもらえると思い、司馬遼太郎の新撰組がテーマの著作『燃えよ剣』を紹介したいと思います。

新撰組と言えば、ほとんどの人が知り、口にする言葉は池田屋での事件です。中でも新撰組随一の剣豪と言われ恐れられた新撰組一番隊隊長を務めた沖田総司の喀血は池田屋事件をさらに有名にしました。そして今なおその話は語り継がれ、私たちが知ることができたのだと思います。しかし、新撰組について知っていることはその程度で、新撰組が何のために結成され、どんな活躍をしてきたのか、この本を読むまでよく分かりませんでした。

この本の主人公となるのは新撰組副長を勤めた土方歳三です。石田村百姓喜六の末弟として生まれ、家は農家ながらも一郷では大尽と呼ばれるほどの家柄でした。けれども歳三は、家伝に伝わる打身・骨折に卓効ある秘薬、石田散薬の行商をしていました。不憫な生活をしいられているわけでもないのに、なぜわざわざそのような事を行っていたのか不思議に感じましたが、それにはきちんとした答えがあるのです。行商で武州はもちろん江戸・甲州・相州まで歩き、町々の道場に立ちよってはこの薬を進呈し、そのかわりに一手の教えを請うという剣術修行を年少の頃から行っていたようです。百姓の身分に生まれながらも武士という身分に憧れを抱き、少しでも武士に近づくことができたら、と剣術修行していたのかもしれません。そう考えると、今の子供たちが野球選手やサッカー選手に憧れて練習に励み、自分もその場で活躍できたらと夢を追いかけるのと同じで、かつて鬼副長と呼ばれた歳三にも可愛い所があったのだと思うとすこしおかしく思えました。けれどもこの年少の頃から行ってきた剣術修行により腕は確かで、新撰組局長を勤めた近藤勇や組一の剣豪一番隊隊長の沖田総司とひけをとらなかったようですが、そのため困ったこともありました。歳三は近藤や沖田と同様天然理心流出なのですが、その剣裁きは教えを請うたものと全く異なっていて、土方流と呼べるくらい自己流で結局資格は目録までしか習得できなかったみたいです。

次はやはり池田屋での事件が印象的でした。定刻になっても諸藩の援軍は来ず、わずか数十人を二隊にわけ、倒幕派の集会場とされている所に赴くことになりました。実際行われていた場所は近藤隊が出向いた池田屋で、歳三が遅れて着いた頃には戦いの半ばは過ぎていたようです。近藤や沖田はバタバタと敵を切り捨て活躍していたのですが、私が驚いたのは歳三の行動です。遅れて着いたのだから、急いで参戦し自身の名を広げるため敵を切り伏せていくと思っていたのですが、実はそうではなかったのです。土間から一歩も動かず、近藤が働きやすいようにし、この討ち入りで近藤の武名を挙げさせようとしていたのです。自分の武名よりも近藤の武名を挙げることが新撰組に必要なことだと考えていたようです。しかも、戦闘の片づき始めた頃に会津や桑名に屋内に入られ横取りされないよう立ちはだかり、新撰組の名をここまで広げたのは歳三のお陰であったことを知りました。これ以外にもさまざまなことを知識の無い分、己のカンに頼り新撰組を大きくしていきます。自身のカンに頼り行動するだけでなく、その考えに自信を持てる所は今の私たちには考えられないことでしょうね。ある意味憧れ、尊敬します。

私もNHKのドラマにより読んでみようかなと購入したのですが、今ではテレビよりはまってしまい、この本は上下巻に分けられていたのですがあっという間に完読してしまいました。一度読むと区切りのいい所に辿り着くまで止められなくなりますので、就寝前に読むのは気をつけてください。私がそうでした。

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