あーゆす13号2頁

ひとつの いのち から
助教授(言語人類学)  小 河 尚 子

今年の2月中旬、アメリカ・ポートランド市のオレゴン動物愛護協会から一通の手紙が届いた。それは「このたび、あなたの愛犬スパッドがお亡くなりになったことに心からお悔やみを申し上げます」という丁重なお悔やみの書き出しだった。いくつかの動物保護・愛護団体の会員である私のところに、毎年、会費更新案内や他の関連団体から案内が届く。しかし、アメリカのポートランドの愛護団体から、またなんでと思いながら適当に読んでいくと、「この度、多額の寄付をいただき…」とある。ますます訳が分からなくなり、再度読み進める。

「昨年の11月11日に亡くなられた愛犬スパッドのご冥福を心からお祈りいたします。スパッドへの追悼として、本協会の会員であり熱心な支援者でもあるR. フリントさんから多額の寄付を頂戴しましたのでお伝えいたします…愛犬スパッドの死によせられるR. フリントさんからの温かいお志は、他の多くの仲間のいのちの一部となりました」と続く。

フリントさんはポートランドの北にあるセイント・ヘレンズという小さな町に住んでいる女性で2年ほど前に動物愛護関係の調査でアメリカの友人を通じて知り合った。昨年の私の愛犬スパッドの死を最初に伝えたとき、電話の向こうでしばらく無言が続いた後、「スパッドは『虹の橋』にいったのね」といってくれたその人だ。

彼女の大邸宅には、現在、3匹の犬と5匹の猫がいる。昨年のクリスマスに彼女を訪れたときにいた愛犬デイジー、クリケットの2匹も今は「虹の橋」にいる。デイジーは亡くなる前の半年間は悪性腫瘍のためポートランドにある動物病院で放射線治療をうけていたが、最後は安楽死させたそうだ。クリケットは老衰。この2匹も、そして現在いる3匹も、そしてその前にいたほぼすべてのアニマル・コンパニオン(伴侶動物)は全員ポートランドの動物愛護協会から養子としてフリント家に迎えられた。雨の日にけがをして庭に入り込んだアナグマ、ドライブ中の車のまえに飛び出してきた迷い犬を除いては。

その広い家にはアニマル・コンパニオンの存在がしっかりとそしてさりげなく感じられるものがある。オレゴンの州木ダグラス・ファー(米松)に囲まれた広大な裏庭には北米で子供のいる家庭の庭によく見られるミニフィールドアスレチックスのようなものがあるし、さらに庭に面した一部屋は雨天運動場。その裏庭の片隅に何本もの風車がくるくる回っている小山がある。そこはフリントさんが10年ほど前にセントヘレンズに引っ越してきてから亡くなったヒト以外の家族が眠る場所である。大小の御影石の墓石があり、かわいいアナグマ、ウサギ、ネコの形をしたものや様々な形の平たい墓石もある。それぞれに名前、亡くなった年月日とちょっとした墓碑銘が彫ってある。このように書いていくと最近日本でもよく話題になるペットブーム最前線の内容になってしまいそうだ。

フリントさんはいきもの大好きの家庭に生まれ、いきもの大好き実業家フリント氏と結婚、二人の息子と一人娘に恵まれ、常にたくさんのアニマル・コンパニオンに囲まれていた。しかし、10数年前に長男と夫を相次いで亡くしている。深い悲しみにあった彼女は夫と余生を過ごす場所として夫が亡くなる直前に選んでいた今の場所に引っ越した。以前から夫と動物愛護活動に携わってきた彼女は、次から次へとアニマル・コンパニオンを迎え、そして見送ってきた。失ったいのちはまた別のあたらしいいのちとなって彼女にむかえられてきた。それらはすべて一度は失われかけたいのちばかりである。

私の愛犬スパッドは彼の生まれ故郷のオレゴンで救われた犬たちの中に生き続ける。そして彼の生涯の半分以上を過ごした日本でも、あたらしく我が家に迎える成犬3匹のなかで彼は生き続ける。そして、「虹の橋」では私を待っている。

「天国の一歩手前に『虹の橋』と呼ばれる場所がある…」で始まる作者不明の寓話「Rainbow Bridge」

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