あーゆす13号4頁

『まどガラスとさかな』を読んで
初等教育専攻2回生  堀  由 貴

少し時間ができると時折、近くにある本を読むほどで、私はあまり読書好きではありません。本の中の不思議な世界に触れることは大好きですが、難しい言葉や言い方などに出くわすと、つい読むことが嫌になってしまうのです。でもこの『まどガラスとさかな』はそんな私でも十分理解することができる話でした。これは小学校の教育実習に行った時、道徳教材としてあつかった作品です。指導する私自身が理解できず興味も持てないような話では授業はなりたちません。教材にこの作品を選んだということは、その内容が私にとって非常に印象に残る話だったと言えます。

この話は主人公が遊んでいて窓ガラスを割ってしまったことから始まります。初めはそのことを隠していた主人公の気持ちの変化や不安が分かりやすく表現されていて、過去の自分の失敗や行いを考えさせられる話でした。人なら誰でも、生きていく中で怒られることが怖いとかあやまるのはめんどくさいなどの理由で、自分の失敗を隠そうとした経験が一度ぐらいはあるでしょう。私は今までに何度もそんな経験をしてきました。ピアノの先生が怖くて練習不足の日は教本をピアノの下に隠してみたり、給食の食器を不安定な場所に置いたためにそれが落ちても、まるで自分は関係がなかったようにその様子を傍観していたりしたことがありました。それ以外にも、同じようなことはいくらでも思い出せます。とにかく、幼い頃の私は、自分を守ることに必死になっていたと思います。そのために二つ下の妹に嘘をつかせたこともありました。総ての人が私のようだとは言いませんが、同じような思いを抱いた記憶のある人はいるでしょう。

私は「鉄砲玉のような子」だと言われるほど、じっとしていることが苦手な子でした。新しいことが大好きでその上負けず嫌い、自分の能力を考えずに遊ぶから、常に生傷だらけになって帰ってくる日々でした。妹はそんな私とは対照的で、とにかく危険がありそうなところには行かない、危ない事はしない、「おとなしい」と呼ばれる女の子でした。だから、私と妹が近所の子も含めみんなで一緒に遊ぶ時、妹は「梅干し」という鬼ごっこでタッチされても、決して鬼にはならない役に自然になっていました。今思えば、本気で鬼に追いかけられない役についてしまった妹が楽しめたかは疑問ですが、妹は楽しそうでした。妹にとっては怖いはずのスケートボードも、私がしているのを見てやりたいと言い出しました。でも妹には無理だと感じた私は、妹を前に乗せ、後ろから自分が妹を支えて滑ることにしました。滑り始めると想像以上にスピードが出て、私は妹を支えていた手を離してしまったのです。言うまでもなく、前に飛んでいった妹は体中ケガをしてしまいました。それを見た私は泣きじゃくる妹に向かって「お母さんには自分でこけたことにして」って言ったのです。本当にひどい姉だったと思います。ただ母に怒られることが怖くて、妹より自分のことを考えてしまいました。でも妹はそんな私の妹だとは思えないくらい優しい子で、家に帰ると私の言ったとおり母に向かって「坂でこけた」と報告しました。妹のその姿に自分が恥ずかしくなった私は泣き出してしまい、結局母には全てがバレ、嘘をついたことを延々と怒られることになりました。同じ嘘でも、自分を守るために私がついた嘘と妹の嘘は違います。私を守るために妹がついてくれた嘘に、私はうれしくも情けなくもなりました。この作品を読みながら、私は、そんなことを思い出し、懐かしい気持ちになっていました。

『まどガラスとさかな』タイトルだけでは、内容がよく分からないとは思いますが、幼い頃の私のように、自分を守ることを第一に考えてしまっている自分に気づいたとき、この話は強くこころに響くものがあります。『まどガラスとさかな』は、自分のことを考えさせられる作品です。実習先の小学生もこの話を聞き、過去の自分を思いだしたのか、教壇に立つ私に向かって「先生最後まで隠し通せたら怒られへんし、その方がいい。」と半分泣き声で訴えてきたほどです。

この作品は、自分の失敗を隠すことがいいのか悪いのか、正直者がいいのか悪いのか、はっきり答えをだすことを求めている話ではなく、読んで自分の行動を考えることを求めている作品だと思います。この作品を読んだ総ての人が、話の内容を気に入るか気に入らないかは分かりませんが、自分の行動を恥じるか恥じないか、行動している自分が好きか好きではないか、そのことを考えるきっかけに必ずなる話です。

『日本幼年童話全集第5巻』 奈街三郎 作 / 河出書房

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