あーゆす16号2頁

回想 −恋人・清輔との出会い−
准教授(日本文学)  千 古 利 恵 子

写本に触れる機会を失って何年になるか。もう変体仮名は読めないと諦めながら写本を眺めてみたが、スラスラ読める。奇妙な記号(変体仮名)にふれた頃を思い出した。

人生には、何度かの選択を迫られるターニングポイントがあるという。私の場合は、大学を退学するかどうかの選択がそうだった。その頃、私は恋人・清輔と出会った。

なからへはまたこのころやしのはれん
うしと見し世そいまは恋しき

藤原 清輔

この歌は、藤原定家の秀歌撰(実はそうではないのだが)とされる「百人一首」に採られていることから、知る人も多いだろう。私がこの歌と出会ったのは大学2回生の時だ。国文学科に在籍しながら国文学に興味を持てず、煩悶の日々を過ごしていた。まさに「この世は憂し」の状態であった私が恋した人、それが藤原清輔だった。

「百人一首」の話をしておきたい。カルタで馴染み深い「百人一首」は通称で、文学史上は『小倉山荘色紙和歌』と呼ばれている。その名が示すように、定家が子息・為家の岳父に頼まれてその山荘を飾る色紙に適した和歌百首を選んだものが原形であり、数多くの注釈書が存在する。その一つ『宗祇抄』には次のような説明がある。

心まことに明なり たゝよの中の人たのむましき行すゑをたのむもの成り 
この哥をくはんすへきものにこそ人のためけうかいのたよりなるへし 
哥にはことはりをほめすしてこころにもたせていへるはつねの事なり 
かやうに又ことはりをせめておもしろきも一躰の事なるへし

この注釈を読んだのは卒業論文のテーマを考え始めたころだったが、「この世は憂し」状態の私には、宗祇をはじめ数多くの歌人たちがこの「なからへは」の詠をどのように解釈していたかなどには何の関心もなかった。ただ、この注釈に記すように、2回生の私にも「人は、頼りにすべきではない将来を頼ってしまうものなのだ」ということは感じ取ることができた。

古典を読むとき、現代語訳を読み、本文を一応理解しなければ鑑賞できないと思う人もいるだろうが、コマーシャルではないが、「それはまちがいです」。和歌の解釈を多く手がけてみると、現代語訳がどれほど危ういことかが分かる。

「憂し」を現代語に置き換えると、どうなるか。 『古語辞典』には、

(1) ゆううつだ、苦しい、なやましい
(2) いやだ、気にくわない
(3) 煩わしい、気が進まない
(4) 無情だ
(5) 恨めしい

『古語辞典』角川書店

とある。「なからへば」の詠には、どの意味が適当か。(1)という人もいれば、(3)という人もいるだろう。いや絶対(4)以外にはないという人もいるだろうか。当時の私は(1)〜(4)の意を合わせた意味だと考えた。正解は? 藤原清輔にだって答えられないはずだ。「想い」を言葉で表現し尽くすことなどできない。同時代を生きる人間同士でさえ他者の「想い」を完璧に理解することは難しい。まして遙か昔の時代を生きた人の計り知れない「想い」を包含した言葉「うし」を現代語に置き換え、分かろうとするなど、無理な話だ。しかも、当時の歌壇は藤原清輔を当主とする名門・六条藤家と藤原俊成を当主とする新勢力の御子左家とが激しく争う状況であった。多数の崇拝者に支えられ勢力を増す藤原俊成と孤独に対峙しなければならなかった藤原清輔の苦悩は、誰にも推し量れない。その「想い」を「うし」の語に集約したのではないか。

古典を賛美する声に反し、多くの若者が古文に興味を抱けないのは、古語を現代語に置き換える作業が古典を学ぶことだと思い込んでいる指導方法に、原因があるのではないか。当時の私もその一人であったのだが、幸いにも新しい興味を見つけることができた。それが「伝本研究」だった。学ぶ意欲を喪失し、寡黙で無表情だった私は、平仮名・片仮名・漢字の世界を離れ、変体仮名という未知の記号をよむ世界に逃げ込んだのだ。その世界には新しい道があった。時には道草をしながらも、私は今もその道を歩んでいる。

戻る

京都文教大学図書館 京都文教短期大学図書館
〒611-0041 京都府宇治市槙島町千足80番地

Design Concept by MoogaOne