あーゆす16号4頁

『幸福な食卓』を読んで
食物栄養専攻2回生  川 越 二 美

ある日、父親が突如「父さんを辞める」と宣言した中原家。そんな父の心の崩壊を機に、優秀な長男は大学進学を諦め農業に精を出し、母親は家を出る。戸惑う長女・佐和子だったが、毎朝の食卓と家庭は淡々と続いていく。そんな様子を長女・佐和子の目を通して書かれている作品である。

『幸福な食卓』実に良いタイトルではないか。この本を本屋で見つけた時の私の感想である。食物栄養専攻では、栄養のことや料理の作り方だけでなく食事を誰とするかや、家族で食卓を囲むことの大切さも学ぶので、この本を自然と手に取ったのだろう。

この作品は冒頭でも述べたように、物語がとても淡々と進んでいく。そのため、読んでいると、この話の結末はどうなるのだろう、という思いで読み進めていった。しかし、淡々としている中に、ところどころで家族の温かさや、必ず家族の個々の出来事をお互いに報告するといった様子が、とても自然に書かれているのである。そんな風景は本来は当たり前のことであって、決して不思議なことでもなんでもないのだと思う。きっと食卓をきちんと囲んで食事をしているという家庭が少なくなってきているから、ほほえましい光景だというふうに感じるのであろう。

成長していけばいくほど、それぞれの時間が増える。学校や仕事、バイトなど。そうすると、家族が揃って話をするという時間は減る。すると朝と夜、食卓を囲む時間が唯一の家族のコミュニケーションをとれる時間となるのではないか。この本の私が好きな所は、何があっても、必ず家族が食卓を囲む所である。そうすることによって、家族のちょっとした変化に気づくことが出来るのである。例えば、主人公の佐和子は、梅雨の時期、体調が悪くなる。それは梅雨の時に父親が自殺未遂を起こし、その場面を見てしまった故、それを思い出してしまうからなのだが、そんな朝、パンにマーマレードもバターも付けない佐和子に「調子悪いの?」と兄の直ちゃんが聞くのだが、そんなこと、普段からのパンを食べる様子を知ってないと聞かないであろう。そんな何気ない場面なのだが、私にはとても良い場面に思えた。

皆さんにとって家族はどんな存在なのであろう。主人公・佐和子の恋人の大浦君が交通事故で亡くなり、佐和子は何日間も塞ぎ込んでしまい、食卓を囲んでも家族に冷たい態度をとってしまうのだが、ある日、兄の恋人のヨシコに「もっと家族に甘えたらいいのにって思うよ。家族は作るのは大変だけど、その分めったになくならないからさ」と言われ、元気を取り戻していく。私はその言葉を読み、本当にそうだなと思った。家族には、言いたい事やわがままを言うことが出来るし、どんなにけんかをしても絶交することはない。私にとって家族というのは、そういう存在だし、だからこそ大事にしなくてはならないのだと思う。

食卓を囲むこと、それは家族を大事にすることにつながっている。当たり前のようにしていることでも、それはとても大切なことなのである。そんなことを感じた作品であった。

『幸福な食卓』 瀬尾まいこ 著 / 講談社

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