あーゆす17号2頁

本の世界
講師(社会福祉)  石野 美也子

私の本の思い出と言ってまず頭に浮かぶのが「フランダースの犬」です。難しいことは字も読めないほど小さかった私には考えられたはずもないのですが、おじいさんのネロに対する愛情や、申し訳ないと思っている気持ちが妙に寂しく、切なかったのです。もちろん切ないなどと理解したのではないのですが、胸がキュッとなった感覚は不思議と今も忘れられません。また、ネロとパトラッシュが最後に手を取り合うように亡くなるところでは声も出ないくらい大泣きするのです。それを毎日繰り返しても、「本を読んであげる」といわれてはまた「フランダースの犬」を持って行き、あまりに泣くので家族に「たまには違うのを読んであげる」といわれても私はその本が大好きで、絶対に離さなかったのを覚えています。寂しくて、悲しくて、切ないのだけど、それが何ともいえない気持ちになったものです。大人になって考えるとそれが「心を打つ」ということだったのではないかと思います。こうして私に本の世界でいろいろとイメージし、感動することを教えてくれたのが「フランダースの犬」という一冊の絵本との出会いでした。

それからは「アルプスの少女ハイジ」を読んでは、ハイジがおじいさんのところに帰って山小屋から見る星空を、自分も一緒に見ているような気持ちになって何度も読み返し、あんな干し草のベッドで寝てみたいと思ったり、特に大好きだった「小公女」では寄宿舎にいるセーラがお誕生日にお父さんから贈られた豪華な人形が持つかごの中の一つひとつ(そのお人形は大きくて、かごの中の小物も本物が入っている、その描写は今思い出してもわくわくします。)を想像して楽しくなったり、突然、境遇が変わって、食べるものもろくに食べられず、こき使われても「小公女」としての凜とした気品と優しさを失わない姿に感動したり、どうなっていくのかドキドキしたものです。小さい頃の私には、毎月1冊ポプラ社の本が届くのが楽しみでした。

小学校4、5年になると島崎藤村や夏目漱石、シェークスピアを読むようになりました。兄とは13歳年が離れているので、私の周りには同世代よりは、少し大人のにおいのする本があり、今ほどテレビも面白くなく、もちろんゲームもなく、本は自分を違う世界に連れて行ってくれる、唯一のものだったのです。そういう意味ではバーチャルなのですが、小さい頃大好きだった絵本をアニメで見ても同じように感動しないのは、想像する部分も映像で見せてくれるからではないかと思います。そういう私も今はテレビが大好きで、本の世界へ迷い込むことも少なくなりました。しかし、本はその時々の思い出や自分の成長とつながり、楽しいものです。

初めて長編をハードカバーで読んだ時の気持ちは忘れられません。その本は私の13歳の誕生日に兄からプレゼントされた集英社の上・下巻になった「風と共に去りぬ」でした。主人公のスカーレットはわがままで気位が高いけれど、口紅がないときに自分の唇をかみしめ色を出す勝ち気な仕草や、時には人を傷つけることもあるけれど、自分の気持ちに素直なところ、何より有名な台詞「明日、タラで考えよう」というラストシーンはやはり心に残ります。でも、私はスカーレットよりは優しいメラニーに惹かれ、なにより原作者のマーガレット・ミッチェルにあこがれました。女流作家であり生涯にたったひとつ残したのが「風と共に去りぬ」です。何故、その本を贈ってくれたのか、遠い昔で兄は忘れていると思いますが、私は歌にもあるように、大人の階段をのぼった気がしました。

高校時代には、誰もが一度は通るという太宰治の世界に浸り、人間とは弱いものだけど、その弱さを自分の中に認めることのできる太宰に何故か惹かれたものです。この原稿を書きながら、読書などしばらくしていないなぁ、最近本を読んで泣くほど感動したのはいつだったろうと思うと、本の世界がなんだか懐かしく思えてきました。

月もまぁるくなってきたので、お団子を食べながら、また本の世界に迷い込むのもいいかなと思っています。少し大きめの活字で…。

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