あーゆす17号4頁

『子どもと歩く 子どもと生きる』を読んで
初等教育専攻2回生  井 上 加 央 里

「教師になりたいな。」

この本を読んで私の気持ちが確信へと変わった。

私は今まで、教師という仕事を甘く考えていた。毎日子どもたちと楽しく過ごしながら様々なことを教科書を用いて教えていくくらいにしか思っていなかった。6月に二週間、小学校で実習をしたが、毎日子ども達はたくさんの笑顔を見せてくれ、時間が経つのがとても早く感じた。休み時間は共に汗を流し楽しみ、授業中は机間巡視をし補助をした。

「ああ。なんやあ、やっと分かった。」

と、子どもに言葉がけをしている時に、嬉しそうな顔で言ってくれたのを今でも覚えている。私の一言で次の問題への意欲を高めてくれた。二週間は私にとって忘れることのできない貴重な経験になったし、新たな自分への課題に気付くことができた。

しかし、学校という世界は私が思っている程甘くはなかった。現代は技術も進歩し、住み良い環境となり、小学校へ通うのが当たり前だと誰もが思っているが、そうでない世界を初めて知った。平野婦美子さんや近藤益雄さんの生きた時代には貧富の差があり、学校で教えるだけでなく、本を揃えたり、子どもの身の回りのことまでも補助をする必要があった。また、教室という空間に縛りつけて勉強をするのではなく、一人ひとりに合った勉強法を考えながら教えていた。考えてみれば今の学校のように教卓と机や椅子が無くても勉強はできる。教師は教壇に立って子どもを支配し、全員に同じことをさせなくてもいいと思えてきた。全員一緒に進めても、中には他の子よりも遅い又は早い子が出てきて一人で授業を展開するのが困難となる。まして現代の子どもは進学するためやいい成績をとるために塾に通う子もいれば、家庭教師に教えてもらっている子、通信教育で勉強をしている子もいる。自ら勉強したくて塾などに通っている子も中にはいると思うが、大半は親に無理矢理通わされている子もいると思う。平野さんの頃と違い、勉強が強制されていることに気が付いた。問題が解ける喜びや言葉が増えていく楽しみをもっと感じられるような授業ができるように我々教師はしなければならないと思うし、一人ひとりと関わって、それぞれに合わせて教えるように心掛けなければいけない。

私はこの本に出会わなければ、軽い気持ちのまま教師になろうとしていた。平野さんや近藤さんのされてきたように世間体を気にせず子どもの事を一番に考え、何事にも積極的に納得がいくまで取り組もうと思ったし、他の教師という職に就いている人みんなも教師とはどのようなものであるか改めて真剣に考えてほしいと思った。実習先のように全部の小学校がいいとは限らない。私と同じ考えの人もいれば違う人もいる。その中で自分は子ども達のために何が出来るか考え、積極的に一生懸命、一途に取り組まなくてはならない。従わせて授業をするのは容易なことかもしれないが、私は一人でも多くの子どもに勉強って楽しいなと思ってもらえるような教師になりたい。貧富の差や学力の差があり戸惑うこともあるかもしれない。でもそんな時には同じ夢をもっている友人に相談したり、いろいろ試してみたりと経験を重ねていこうと思う。まだまだ教師になるために勉強することはあるし、学校で働き始めたら毎日が勉強だと思うが、子どものことを一番に考え、一つ一つ乗り越えていき、自分の子どものように多くの愛情を注げる教師になろうと思っている。

『子どもと歩く 子どもと生きる』 岡村遼司 著 / 駒草出版

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