あーゆす20号5頁

魔法の宝箱「図書館」
児童教育学科・准教授(心理学)  鳥 丸 佐 知 子

私は本を読んだり眺めたりするのが大好きである。まさに乱読状態、時には積読状態のものもあるが、地元の図書館にも随分お世話になってきた。だがなぜ私は本が好きなのだろう。改めて考えると、私にとって本のページを開くということは、そこに私の知らない未知の世界が広がっているように感じているからだと思う。まるで未知の世界を冒険するような「ワクワク」「ドキドキ」感や「楽しさ」をわが子にも伝えたくて、幼いころから沢山の本を読み聞かせてきた。公立の図書館から、紙芝居や大型絵本を借りて利用したこともある。わが子は既に成長してしまったが、今でも図書館の読み聞かせボランティアメンバーとして細々と活動を続けている。忙しくてもこの活動を続けたいと思うのは、基本は自分が本を好きなこと、そして「読書」の喜びを次世代にも伝えたいと感じるからだと思う。

子どもの読書離れが伝えられる中で、「ブックスタート」プロジェクトにはとても関心を持っている。この活動は、親に絵本を読むよう義務付けるものではなく、「絵本」を通して、赤ちゃんと赤ちゃんの周りにいる人たちが、肌のぬくもりを感じ、言葉と心を通いあわすかけがえのない時間を提供したいという思いから始められたものである。乳児期におけるこのような経験は、世界に対する「基本的信頼感」の源になるとともに、後に絵本に親しめる基礎作りになるという。幼いころ本を読むのが自然な環境に育った子どもは、自らその世界を広げていく。

以前、学生に「人は何のために学ぶのか」という素朴な質問を投げかけたことがある。答えは様々だったが、その中で目を惹いたのは「学んで知識を得ることが結果として自分自身を知る手がかりになる」と指摘するものであった。自ら学ぶ手段としても「読書」は大きなウエイトを占めている。多様化する現代社会において、大人である私たちでさえ、時に自分自身のあるべき(ありたい)姿を見失いそうになる。読書の目的と意義には、子どもたちに(大人も?)、「自分がどういう人間として、どういう人生選択をして生きていくのか」自らの力で見つけるきっかけ作りも提供しているのではないだろうか。

また本にはさまざまなジャンルがあるが、例えば歴史ものなら、自分が今生きている世界を基点に、過去や未来について鳥瞰する貴重な機会を提供してくれるし、伝記の類は、個性的な生き方をした先人の様々な生き様を垣間見せてくれる。また絵本や物語で長く生き残ってきたものには、子どもだけでなく大人にも、何らかの教訓を伝えているような、独特の魅力を持っているものが多い。柳田邦男氏は「絵本は人生に3度読むべきだ」と述べているが、多くの「絵本」が、それぞれの年代にとって意味を持ち、優れた文化や伝統を継承し、次世代へ繋ぐための役も果たしているといえるであろう。

最近、学級崩壊状態にあったクラスが「朝の読書」を通じて収まっていったという話を聞いた。また臨床現場でも「気になる子」といわれていた子どもが、学生ボランティアに絵本を読んでもらうことで落ち着きを取り戻していったという話も耳にする。人間味あふれる司書とのふれあいは、時にカウンセリングルーム以上に、ホッとする空間を提供するかもしれないし、独りで静かに読書にふける時間が、安らぎの時間と感じられる人も存在するかもしれない。

こうやって、改めてふりかえってみると、「図書館」そして「読書」には、まだ私たちの気づかない多くの力が隠されているように思える。本好きが高じて、数年前に司書教諭の資格を取得した。デジタル絵本も興味深いものを沢山提供しているが、「絵本の読み聞かせ」場面の母子間のやり取りを観察した某研究では、紙の絵本を媒介とする方が、母親の声かけや母子間の様々な相互交流が多かったという報告もある。個人的には「大人」への絵本のお勧めと、再度「紙」の本のページをめくる喜びを、次世代に伝えていきたいと思う今日このごろである。

(とりまる さちこ)

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