あーゆす21号2頁

河合隼雄の心理学
臨床心理学科・教授(ユング心理学)  禹   鍾 泰

 現在われわれが学んでいる臨床心理学は元来欧米で生まれた学問であり、その理論のほとんども欧米人によって提唱されたといっても過言ではない。そのため、既存の臨床心理学の理論や考え方をそのまま日本に導入し、日本人を対象とした心理療法に適用することには慎重を期す必要がある。日本人初のユング派分析家である河合隼雄先生が、日本に自身の学んだユング心理学を紹介し、その理論を日本人の心理療法に活かしていく際に細心の注意を払った理由もそこにあるといえる。その結果、河合隼雄先生は単なる欧米生まれのユング心理学の紹介にとどまらず、日本的心理学を提唱することに成功したといっても過言ではない。言い換えれば、単に臨床心理学を日本の土壌に合わせて修正したのではなく、新しい人間理解の形を提示したのであり、それが多くの臨床心理学専門家の支持を得た根拠になり得たのである。先生の著書の多くが英語や他の外国語に翻訳され、紹介された理由もここにある。

 そういう「河合隼雄の心理学」を理解するために三冊の著書を紹介したい。最初に紹介したいのは『ユング心理学入門』(1967、培風館)である。この本はユング心理学の基本的考え方や概念を理解するために極めて優れた入門書といえる。河合隼雄先生以降の日本のユング心理学者や臨床家はそのほとんどがこの本を通してユング心理学に出会ったといっても過言ではない、と思う。この本を通してユング心理学を学ぶかスイスで分析家の訓練を受けた人々は、その伝達の正確さと的確さに感心したはずである。というのも、日本で学んだユング心理学が本場のスイスで通用するだろうかと誰もが不安に思うものである。しかし、スイスでも日本とまったく同じ感覚でユング心理学の議論ができるのは、まずこの本の功績といえる。ただ、入門書とはいってもしっかり読み込まなければならない中身となっているのでそれなりの覚悟が必要である。

 次に紹介したい『母性社会日本の病理』(1976、中央公論社)は、心理学にとどまらない優れた日本人論であり、日本での臨床活動をもとに日本人の心理を分析した名著である。母性社会とは個人をその能力で判断する父性社会と対比させた概念であり、日本人の場合は個人であることより全体の一員であることを重んじるところから着想を得たとされる。ということは、逆に個性が要求される場面でいかに自身の潜在力を発揮できるかが日本人の課題でもあることを意味する。その思いを敢えて「病理」という言葉で表現していると思う。近頃、日本に父性が必要だという趣旨の書き物があるようだが、河合先生が30年以上も前に指摘したテーマであることを喚起しておきたい。

 最後の『昔話と日本人の心』(1982、岩波書店)も母性社会で指摘された日本的心をキーワードに書かれたものである。これもまた日本の昔話に現れる女性の姿を通して日本人の心を心理学的に捉えた名著で、日本人の心を理解するためには男性自我の働きばかりに注目するのではなく心の女性的な働きと叡知に注目しなければならないという論旨が非常に説得力をもつ。読み始めると心理学を知らない人でも強く惹きつけられる。河合隼雄先生の他の著書同様、やさしい言葉のなかに深い意味が込められた代表作の一つといえる。

(う じょんて)

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