あーゆす2号2頁

私と読書
助教授  苗 村 久 恵

物心つく頃が戦争だったり、小学校・中学の時代が物資が極度に乏しかった戦後の混乱期だったりしたせいか、私の子ども時代の読書環境は、すべてにおいて恵まれている今日の子どもたちとは比べることができない。

私が生れ育った安土城址を展望する小さな田舎町には当時図書館と名のつくものはなかったし、本屋といってもいろんな雑貨類と一緒に雑誌などを並べている店が、一軒あるだけだったような記憶がある。

小学校の頃、たしかに誰がみても本の虫といえるような本好きの子どもは何人かいたが、私はどちらかというと身体を動かして何かやっていることの方が好きで、ドッチボールや鉄棒などに興味があった。

10歳以上も年がひらいていたこともあって、兄が読んでいる本などには関心は持てなかったが、それでも中学の頃、兄の本箱から谷崎潤一郎の小説「細雪」や武者小路実篤の小説「友情」「真理先生」などを取り出して読んでいたことを思い出す。同時に、当時女の子の間に人気のあった吉屋信子の少女小説「あの道この道」「乙女手帳」や、キューリ夫人伝などの伝記物を読みふけったのもこの頃だとおもう。

高校は遠距離通学だったことや進学校の勉強に日々追われていたこともあって、教科書以外の本を手にすることは稀であった。そんな私のことを気づかって兄のところに嫁いできた義姉が、読書を進めてくれたことがあった。私は義姉の言葉に素直に従わなかったようにおもう。

大学での私は、どちらかというと本を読んだりすることよりも実験をしたりして勉強することの方が好きで、卒論も実験したものをまとめる形のものをえらんだ。だから、研究テーマを楯にして文献資料を調べたり、関係論文を読み比べたり、研究したい内容を確かめるための知的好奇心の旅をしたりすることに慣れるようになったのは、近年のことなのである。

一般的に言って、読書はそれ自体が目的である読書と、読書が何らかの手段である読書という2種類分けられるが、現在の私は後者のほうの形のなかで本に接しているといえる。

今にしておもうことであるが、無目的に自由気ままに読んでいた読書がおもいがけないところで役立っており、自分のかたくなな考えを揉みほぐしてくれたり、思考や感性をひろげたり、深めたりするのに微妙な力となっていたりすることに気づかされるのである。

昨年、亡くなられた作家三浦綾子さんは「本と私」というエッセイの中にこう書いておられる。

「神が私に与えてくれた恵みは数々あるが、読書好きということはその中でも最も大きな恵みのような気がする。(中略)読書ほど私のイメージを豊かにする世界はなかったような気がする。」と。

三浦さんのこの文を読んだとき、人間にとって読書がもっている大きな意味にあらためて気づいたのであった。

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