あーゆす3号1頁

「泥かぶら」を観て
教授・図書館長  照 屋 敏 勝

新制作座の「泥かぶら」(真山美保作・演出)を観た。何年も前から観たいと思っていた。大変感動的であった。この作品は1952(昭和27)年の初演から今日に至るまで50年間も上演されており、一千万人以上の人が観ている。世界の演劇史上類例のない記録である。

むかし、ある村里に大変みにくい顔の女の子がいた。両親もなくひとりぼっちだった。あまりの醜さに人々のあざけりのまとになり、石を投げつけられたり、唾を吐きかげられたり、踏みつげられたりした。いつも着の身着のままであった。誰とも遊んでもらえなかった。女の子の本当の名を呼ぶ者は一人もいなかった。村の人たちや子ども達からは「泥かぶら」と呼ばれて、さげすまれていた。女の子の心は日一日とすさみ、荒れて、狂暴になっていった。「泥かぶら」が草花の中で寝ていると、村の子ども達がやってきて、ののしり、石を投げつけ、「おまえなんかあっちいけ」と追っ払ってしまった。大人からも子どもからものけ者にされ、いじめられて、「泥かぶら」の居場所はどこにもなかった。

ある日、「泥かぶら」が草むらに伏して、やり場のない怒りと悲しみにもだえ苦しみ、「美しくなりたい」と泣き叫んでいると、そこへ通りかかった旅の老法師が声をかけてきた。そして「泥かぶら」に美しくなる秘訣として、次の三つのことを教えた。

● 自分の顔を恥じないこと
● どんなときにも、にっこり笑うこと
● 人の身になって思うこと

この三つを守れば、村で一番美しい人になれると告げて法師は去っていった。「泥かぶら」の心は激しく揺れ動いた。

その日から「泥かぶら」の一途な努力が始まった。しかし、いくら努力しても村人のあざけりやののしりやいじめは消えなかった。美しくもならなかった。「泥かぶら」は失望し、落胆し、旅の老法師をののしったりした。それでも努力するしかなかった。

幾年かがすぎた。「泥かぶら」は村人にとって不可欠の存在になっていた。村人のために献身的に働いた。ある日、貧しさゆえに一人の少女が人買いに買われていく事件が起こった。「泥かぶら」は身寄りのない自分が身代わりになることを申し出た。そして村人やその少女の家族の止めるのもきかず、人買いに連れられて村を出ていった。人買いは凶悪な男であったが、「泥かぶら」は何のおそれや憎しみも持たずについていった。道中、何でも言うことをよくきいてよく働いた。「泥かぶら」の純粋な魂と行動に接して、人買いの心にも動揺が起こり、次第に良心がよみがえってきた。山中で野宿したとき、「泥かぶら」が山水をくみに行っている間に、人買いは森の木に書き置きを残して消えていった。

「ありがとう。仏のように美しい子…」

「泥かぶら」はその書き置きを読んで、旅の老法師が教えてくれた三つの教えの意味を初めて理解した。山中の月の光の中でしみじみと語る「泥かぶら」の顔が美しく輝いていた。

真の芸術は万人を同一の感情で結びつける性質を持っているが、「泥かぶら」はそのような芸術作品の一つである。

戻る

京都文教大学図書館 京都文教短期大学図書館
〒611-0041 京都府宇治市槙島町千足80番地

Design Concept by MoogaOne