あーゆす3号2頁

なつかしい本の記憶
教授  櫛 田 壽 惠

先日図書館へ行ったときのこと。目に飛び込んできた本の山。「あー懐かしい!」の一言につきる数々でした。世界文学全集、日本文学全集、世界思想全集などなど。丁度古い本の整理をしているところに行き合わせたのです。目にはいると同時に、頭の中は学生時代にそして十年程前の同窓会にもどってしまったのです。

「やあ、相変わらず読んでいる?」それが卒業以来久しぶりに会った友人の挨拶。それから延々と、いろいろな書籍についてお互いの過去から現在までをおしやべりして、楽しいひとときをすごしたことなどを思い出していました。「今思い出すと楽しいけど、あの頃はシャクやったなあ。どの本を借りても、先に君の名前が書いてあって。たまには異ったジャンルの本(「赤毛のアン」やケストナーの一連のものやエレナー・ポーターのものなど)ならまさか読んでいないだろうと思って借りても、またまた君の名前。4年間のうちに競争心より仲間意識の方が強くなって、図書館で本を借りてカードの名前を確かめるのが楽しくなってねぇ…」。そのようなこととは露知らず、ほんとにただただ読むことに明け暮れた毎日。今思い出してもよく読んだものと走馬燈のようにタイトルが浮かんでは消え、いろいろなことが思い出されます。そして今、一冊の本が当時のすべてを思い出すよすがとなることに気付いて、本を読むことにまた一つ楽しみが増えたような次第です。

その頃に読んだ本で特に心に残っているのは、ロマン・ローランの「魅せられたる魂」、マルタン・デュカールの「チボー家の人々」、イワノビッチの「静かなドン」、娘の書いた「キューリー夫人伝」などで、その他トルストイやツルゲーネフ、マーガレット・ミッチェル、モーム、ヘミングウェイなどなど数え上げたら切りのないほど、ヒマを見つけては読書にあけくれた毎日でした。日本の古典や文学全集もいろいろと主な本をひもといたが、心に残ったものは少なく辛うじて徒然草や方丈記のところどころぐらいで、樋口一葉、森鴎外や芥川龍之介のあたりはすぐに卒業し、嗜好にあった現代作家のものに移っていった記憶があります。そして何故かへルマン・ヘッセと聞いたら堀辰雄の「風立ちぬ」、伊藤左千夫の「野菊の墓」というように連鎖反応が起きてまるでクイズのように面白い。またレポートのためだけでもないけれど、カントやボォボワールやマルクスやらと読んでも、今は何にも残っていない。それは不思議なくらいで、楽しんでなかった証拠です。兎に角目の前にある本を手当たり次第に乱読した学生時代を懐かしく思い出しましたが、最近では作家にも作風にも好みができて、手あたり次第とはいかなくなった。そのうえ読書にもそれ相応のエネルギーが要り、あまり大作は読めなくなっています。「若い時に大いに乱読すべし」です。そのうちに必ず心に残る本との出会いがあり、自ずと自分の嗜好に合ったスタイルができて、さらに読書は又楽しからずや!ということになるでしょう。私は今日も長い通勤電車を苦にせず好きな本を楽しんでいます。

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