あーゆす5号2頁

西 洋 音 楽 と の 出 会 い
助教授(イギリス文学)  伊 藤 和 男

私にとって西洋音楽との出会いは、西洋の文化全体との出会いとも言うべき重要な性格を持っているように思える。始めてメンデルスゾーンの『バイオリン協奏曲』、ベートーヴェンのピアノ協奏曲『皇帝』を聴いた時、私にとって全く未知の世界が眼前にあらわれたのである。その完成された美の世界に心から酔いしれ、深い感動を味わうことが出来た。ベートーヴェンのことを知りたくてロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』や『ベートーヴェンの生涯』などを読み出し、「更に美しいためならば、破り得ぬ規則は1つもない。」という言葉や、「苦悩を通じて歓喜を」という信条告白に心引かれた。「空気は我々の周りに重い。…偉大さの無い物質主義が人々の考えにのしかかり…世界が、その分別臭くてさもしい利己主義に浸って窒息して死にかかっている。…もう1度窓を開けよう。…英雄たちの息吹を吸おうではないか。」という『ベートーヴェンの生涯』の序文に書かれたロランの言葉が学生の頃の私に深い感銘を与えた。更に、「人生というものは、苦悩の中においてこそ最も偉大で実り多くかつ又最も幸福でもある…。」という荘重でなぐさめに満ちた言葉が今でも忘れられない。

ベートーヴェンの作品を聴き始めて少ししてモーツァルトの『ピアノ協奏曲第27番』に出会った。ここに表現されたモーツァルトの天上の歌、そして彼の「白鳥の歌」とも呼ばれる澄み切ったピアノの音に心が洗われ、この世のすべて善きものへの信頼を人に与えうる作品だと感じ、他のモーツァルトのピアノ協奏曲をすべて聴いてみた。彼の他の作品に時々感じられる何かしら退廃的な雰囲気がなく、私は今でもすべて大好きな作品で、何度もよく聴いている。

次にピアノ音楽に興味を持ち出した私に、あの天才ピアニスト、グレン・グールドのレコードとの出会いがあった。特にヨハン・セバスチャン・バッハのような重々しい音楽と思いこんでいたのを、更にさわやかな独特のタッチで見事に現代人のためのバッハにしてしまっている所などに心引かれたものである。『フランス組曲』、『イギリス組曲』など愛らしく快い音楽に接することの幸せを感じていた。

私がロンドンを訪れる時、何度かバレエ『白鳥の湖』の公演をテムズ河畔のロイヤル・フェスティバルホールなどで見る機会があり、自然とチャイコスキーの感傷的とも言うべき世界に次々と引きこまれて行った。『第5交響曲』は今でも特に気に入っている作品である。ロンドン・パリ・ニューヨークなどで音楽を生で聴く機会があると、西洋の人々が日常生活の中でこれらのすばらしい音楽をいかに愛好し、彼らの大切な文化として守り育てているか、その姿に心うたれ、うらやましくも感じられるのである。

さて、あのリヒャルト・ワーグナーのことを忘れてはならない。『さまよえるオランダ人』、『タンホイザー』、『ローエングリン』が私の好きな3つの作品である。後年の大作よりも比較的若い時代のこれらの作品の方が私の心に訴えるものを持っている。特に『ローエングリン』が提示する世界は、我々が日常性の中で完全に忘れ去ってしまっているような、高貴さ、崇高さ、荘重さ、そしてドイツ的とも言うべき何かを全編を通して聴く者に浸透させていく力はまさに音楽の持つ魅力とも言えよう。

最近パリのシャンゼリゼ劇場で私が初めて聴いたサンサーンスの『バイオリン協奏曲第3番』は実にやさしく甘い音楽であり、このような繊細で色彩感のあるフランス音楽と出会うことが出来たことに感謝している。西洋音楽との出会いはこれからも続いていくことであろうが、私にとって、それは西洋文化との大切な、楽しく快い出会いであり、永遠の美の世界との出会いであってほしいのである。

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