あーゆす8号2頁

「少而学則壮而有為」
教授(小児精神神経学)  金 井 秀 子

平成8年3月に京都教育大学を定年退官し、同年4月より本学へ着任して、はや7年が過ぎようとしています。

私は小児科医として歩み始めた時、当時医師達が障害児医学や児童精神医学に関心を持たなかった領域に独力で踏み込んだのです。治らない病、診療に時間がかかり、治療効果が少ないといわれ、臨床医が避けていた分野に私は強く惹き付けられ今日に至っています。

その原動力となっているのは、京都府立医大の3回生(現在の5回生)の冬、小児科の外来実習で最初に出会った患者さんがダウン症児であったことです。母親は数ヵ所の病院での受診後、最後の頼みの綱を求めて幼児を連れて大学病院へきたのです。

教授は子どもを診察して、私の記した予診と臨床所見に目を通し、母親に「蒙古症ですね。ここで治療することは何もありません」と言われ、次の患者の入室を婦長に促したのです。私は母親の気持ちを察し、廊下へ一緒に出ました。その時、母親が「この子をどうしたらいいのでしょうか?」と目に涙をためて私の手を握りしめたのです。

この出会いが私の人生を決めたと思います。

大学での指導者も、文献や専門書もなかった時代でした。患児や母親から学ぶことによって、私は医師として観察と洞察力を養って臨床や基礎研究を積み重ねていったのです。

「小児精神神経研究会」の発足と同時に入会し、昭和37年、京都府中央児童相談所の嘱託医となり、子どもに関心をもつ精神科医と心理学者との出会いは私にとって良き共同研究者ができたのでありました。

また、京都女子大学・大学院で児童医学の講義と研究、更に、女子大の発達クリニック設立によって、そこでの健常乳幼児の保育室運営と障害児(ダウン症児、自閉症児他) の外来診療は小児精神科医としての研究に大きな力となりました。

大学院を修了して10年が経ち、30代後半になり、臨床および研究が認められ、母校の京都府立医科大学精神神経学教室で、大学で初めて開設された小児精神科専門外来と児童精神医学の講義を担当することとなり、40年余り1000例を越える患児と親御さん達との出会いは私にとって医者としての得難い貴重な宝石であります。

それに加え、20年余りの大津家庭裁判所での少年事件、家事事件の精神鑑定医としての経験も、京都教育大学・大学院での学校精神保健や障害児教育の研究に多大の糧となったことは言うまでもありません。

これらの多くの経験から「人づくりは乳幼児期の保育・教育が基本である」と痛切に感じ、訴えてきました。そして私は自分のライフワークの集大成として本学の幼児教育学科に赴任したのです。

現在も京都市の基本構想での「教育・人づくり部会」や「21世紀人づくり委員会」に関与しています。

人を対象とする仕事は子ども達や、親達から学ぶ生涯学習であります。

私の人生の指針の一つとして、江戸時代後期の儒学者佐藤一斎の『言志晩録』の中に次の言葉があります。

少而学則壮而有為 (若くして学べば、すなわち壮にして為すこと有り)

壮而学則老而不衰 (壮にして学べば、すなわち老いて衰えず)

老而学則死而不朽 (老いて学べば、すなわち死して朽ちず)

人間は死ぬまで学ばねばならないのです。

私は患児達、学生達の為にと思ってしてきたことは実は「私自身の学習のため」であり、多くの人との出会いによって学ばしていただいたことを心から感謝しています。

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