あーゆす9号2頁

私の一生を左右した本との出会い
教授(生化学)  村 上 俊 男

私がこの原稿を依頼されたときに、真っ先に思い浮かぶ一冊の本があった。それはDNAの構造を発見した科学者の記録と銘打たれた『二重らせん』というタイトルの本である。私が大学3年生(化学科)の秋だと記憶しているが、来年の卒業研究を控え、どの分野(無機、有機、有機合成、高分子、物理化学など)にするかを思い悩んでいた頃であった。生物化学という授業を初めて受け、「まだまだ未知な分野で、将来君達でも新しい発見ができるかもしれない」という教授の言葉に心を動かされて、たまたま歯医者の待ち時間の暇つぶしに何か読もうと選んだのがこの本で、私のその後の人生を決定づけることになってしまった。

その内容は、今日ではヒトゲノム計画などで万人に周知されつつある遺伝子の本体DNAの立体構造を解明する科学者の先陣争いの記録である。著者は後に主役の一人になったワトソンで、彼の目から見た個人的記録という形をとっている。

アメリカ人のワトソンはタンパク質の三次元構造の共同研究でイギリスに渡るのだが、それは遺伝子の本体がタンパク質ではなくDNAであることが実験的に証明された時期で、生物学者である彼は徐々にDNAに魅せられていき、その後の研究を全てDNAの構造解明の糧にしていくのである。またそこには物理学者のクリックをはじめ様々な専門分野の若い科学者たちが加わって、それぞれの立場で純粋な気持ちからDNAの構造に関する意見を出し合って本質に迫っていき、図らずも科学者で既にノーベル賞受賞者のライナス・ポーリングとの先陣争いを繰り広げることになる。

やがてポーリングはタンパク質のα-ヘリックス構造の解明から、DNAのらせん構造、それも三本鎖構造へと成果をふくらませ論文発表へと先着していった。ワトソンら若手グループもらせん構造で三本鎖より二本鎖の可能性が高いところまでは進んでいたが、ポーリングが構造解明したとの報に「負けた」と落胆してしまう。つまり同じ新事実をつかんでも、先に論文にした方が評価され、後は二番煎じになってしまう世界なのである。

ところがポーリングの論文が三本鎖で、明らかに初歩的なミスを犯していることがわかると大いに活気づき、4種の塩基が多様性をもちつつも構造的には規則性を保つという難解な問題をクリアして、後にワトソン・クリックのモデルと称される「二重らせん構造」を発見するに至るのである。彼らはその業績で1962年にノーベル賞に輝いた。

この本の本筋は以上のようであるが、このような偉業を成し遂げた彼らは寝食を惜しんで一丸となって研究に没頭していたかといえばそうではなかった。研究者同士の行き違いもあり、女の子とのパーティに心を奪われたりもして、普通の若者の人間的な部分をもちつつ、最後のクライマックスでは連鎖反応的に集中力を発揮して大御所に勝利したという点が、共感を覚えたところである。

こうして大学4年の卒業研究で生物化学研究室に入ってからは博士課程まで進み、その後医学部で3年ほど研究を重ねた後、本学へ赴任してきた。その間、微生物にアルコールを食べさせて有機酸を作らせることに成功し、ビタミンB2の新しい誘導体の構造決定もできた。医学部ではヒトの赤血球中に未知のタンパク質分解酵素を発見する幸運にも恵まれた。まさに冒頭での恩師の言葉にあったように、私でも生化学の未知部分の扉を少し開けることができたといえよう。

毎年食物栄養I回生の生化学の講義で、この内容(核酸とタンパク質生合成)にふれるときにはついつい力が入ってしまい、学生に「熱く語っていましたね」と冷やかされる始末である。いまはテレビやインターネットなどを通して、簡単にこぢんまりとまとまった知識や情報が手に入る時代であるが、そのことで満足してもらいたくはない。秋の夜長にじっくりと長編本に挑戦し、これからの人生に影響を与えるような感動を実感してもらいたいと、私の経験から切望するしだいである。

『二重らせん : DNAの構造を発見した科学者の記録』 ジェームス・D.ワトソン著 ; 江上不二夫,中村桂子訳 タイムライフブックス

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