センター長あいさつ

平成19年に、本学において「日本的精神性研究」なる活動を始めた。それに先立つスイス留学中に日本文化の凄さに目覚め、帰国するや古典芸能研究を始めた。能楽・歌舞伎・文楽・落語…。これらがすべてやたらと面白い。のめり込みつつ、まずは古典芸能から日本的精神性研究を始めた。各界より第一人者級の先生方をお招きし、さまざまな教えを乞うた。その数50回にも及ぼうか。そうこうするうち、センター設立の話が持ち上がり、その名称を日本的精神性研究センターとしようとしたところ、複数の先輩の先生方より「日本的精神性の名のもと、かの戦争が行われた。その名称はどうかと思う」とのご意見をいただき、すったもんだの末「臨床物語学研究センター」に落ち着いた。結果、かえってこれでよかったと思っている。真に大切なものは「物語」なのである。
「魂」の語はよく使われるが、魂とはいったい何なのか。誤解を恐れずに言えば、魂とは物語である。本学客員教授の平田オリザ先生は、人間の人格をペルソナの集合体とみなしているが、魂も実のところ物語の塗り重ねられたもの、とみることも不可能ではないであろう。
物語が魂を創造する。そして魂がまた物語を創造する。その連鎖のなかでここまで人類は発展を遂げてきた。この「発展」が発展の名にふさわしいものであるかは、にわかには判じ難いが。
今また人間は大きな転換期にある。ここでどのような未来を人類が選択するのか。物語の果たす役割はおそらく人が思っている以上に大きい。「物語」に一層の注目を向けるべきである。そしてすぐれた物語・イメージの分析を積極的に発信していかなければならない。さらには、できることなら、よき物語自体を発信したいと願っている。

日本の物語にはいくつかの特徴がある。たとえば、「両雄並び立つ思想」とでも呼ぶべきものが表現されている物語が多数ある。そして戦後、私が呼ぶところの「Disfigured Hero元型」なるものが表現されている物語が多数生まれ始めた。自らが被ったとてつもない傷と苦しみ。それを消し去ろうとするのではなく、傷が存在を高みに押し上げる位相があることを、数々の物語が表現してくれている。これらは、世界に発信されるべきである。人は生きていれば必ず傷つく。その傷を消そうとせず、傷と共に存在を練り上げていくことが表現できている日本の物語をぜひとも世界の人々に知ってほしい。
そのような意図をもって、平成26年4月、京都文教大学臨床物語学研究センターが発足した。

皆々さま方のご支援ご鞭撻を心よりお願い申し上げる次第でございます。
何卒よろしくお願いいたします。

秋田 巌

臨床心理学部 教授 秋田巌