キャンパスライフ

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留学体験報告・最新版

このページでは、直近で留学を行った先輩学生による体験談を紹介します。

2022年度 
韓国・湖西大学校 在学留学体験記

総合社会学科 Iさん(参加時3年生・女性)
留学期間:半年

韓国へのあこがれ

私が韓国に留学に行きたいと思ったきっかけは韓国の文化でした。幼いころに母と韓国ドラマを見ているうちに韓国に興味を持ち、そこから韓国ドラマ以外にKPOPや韓国のファッション等に関心を持つようになりました。高校生の頃から韓国語を独学で勉強しており、バイト先での接客や旅行で困らないくらいまで話せるようになりました。しかし、新型コロナウィルスの影響により韓国語を話す機会が少なくなったため、自分がどこまで話すことができるのかわからない状態になってしまいました。そこで、韓国に留学に行くことができる京都文教大学へ進学し、日常会話ができるようになりたいと考えるようになりました。大学に入学後も、独学で勉強を続け、韓国人の友人とSNSを通してメッセージを送ったり、電話をしたりしていました。

刺激を受けた湖西大学校での授業

湖西大学校では、韓国語の授業を2つ、文化映像学科の授業を2つの合計4つの授業を受講していました。元々、語学堂【注:大学が運営する韓国語の語学学校】に行くかどうか悩んでいましたが、語学堂を一度見学してみた結果、通わずに自分で勉強をしようと考え、語学堂で使用されていた教科書のみを購入しました。勉強中にわからない部分があればルームメイトや友達、国際事務所の方に教えてもらっていました。学科の授業では、韓国語で授業を受講することは初めてだったので、専門用語が出てきたりなどと最初は聞き取ることも難しい状態でした。しかし、受講を重ねるごとに徐々に韓国語も聞き取れるようになり、授業についていけるようになりました。グループワークでは、意見を求められる場面が多かったので、会話の練習にもなりました。同じ授業を受講している学生の中には、日本が好きな学生や日本に留学予定の学生もいたので、交友関係を広げることができる良いきっかけとなりました。また、日本では非対面の授業が多かったため、グループワークの経験が少なく不安もありましたが、韓国人学生の留学生に対する気遣いや意見の出し合い、役割決めなどグループワークに積極的に向き合う姿を見て刺激を受けました。韓国語の授業は、TOPIK3級レベルの授業でした。授業の合間に先生が生徒に質問をしたり、会話を挟みつつ授業を進めてくださるので、他の国の文化も学ぶことができて楽しく受講することができました。

サークル活動で日本語を教える

授業外の活動では、ゲーム学科で行われる日本語教室や文化映像学科の日本語サークル、バディプログラム、学校が行っているEMCという1対1で日本語を教えるプログラムに参加しました。日本語教室には日本で就職を考えている学生、日本語サークルでは日本に留学に行くことを考えている学生、EMCには日本に興味がある学生やJLPTを取りたい学生がいました。私は日本語教師に興味があったので、学生一人一人の要望に合った授業を構成したり、実際に日本語や日本の文化を教える活動がすごくいい経験になりました。
ゲーム学科の日本語教室では、全州で行われた1泊2日の日本語研修にも参加させていただきました。普段日本語の授業でしか話す機会がなかった学生たちと、研修を通してさらに仲を深めることができました。バディプログラムは、湖西大学校が行っているプログラムの一つで、国際事務所に申請をすると参加することができます。韓国人の学生1人が留学生1人に留学生活で困っていることや不安なことがあれば手助けしたり、遊びに行ったりなどの活動をします。ご飯を食べに行ったり授業後にカフェに行ったりなど、楽しく活動を行いました。
これらの課外活動を通して他の学科の友達を作ることができましたし、日本に興味がある学生がたくさんいることを知り、すごく嬉しかったです。

よきルームメイトとの出会い

私は韓国人の方と2人部屋を希望していました。入寮申請をした際に、事務所の方にすでにルームメイトがいる学生が多いので難しいと言われましたが、たまたま事務所でアルバイトをしていた学生が部屋を1人で使っていたため、「ぜひ一緒に住みたい!」と言って下さり、運よくその子と住めることになりました。また、同い年だったことや好きなものなどの共通点が多く、すぐに仲良くなることができました。わからない単語があれば、すぐに翻訳機を使わずに簡単な韓国語で説明してくれたり、言い換えや若者言葉など授業では学ぶことのできない韓国語も教えてくれました。宿舎で体調を崩して不安だった時も、いつも助けてくれました。また、夜中までいろいろな話をしたり、週末には出前を頼んだり、家に遊びに行ったりなど、半年間という短い間ではありましたが、本当にたくさんの素敵な思い出を作ることができました。
宿舎の近くにあるコンビニでは、行く回数を重ねるごとにお店の方と仲良くなり、また日本で会う約束もしました。
夏休みが終わってから帰国までの約2週間は4人部屋で住んでいました。4人部屋の宿舎は2つあるのですが、私は男子用の宿舎と女子用の宿舎が隣接しているE棟に住んでいました。男子寮と女子寮が隣接しているのと、部屋数が多かったことから、朝から夜中まで騒音がひどく、2人部屋に比べて不便な部分が多かったです。しかし、人数が多い分、授業を通して仲良くなった友達や知り合いに会える機会が増えました。また、E棟に来てから、近くの部屋の学生と親しくなり、よく部屋で遊んだり、一緒に勉強をしたり、一緒にご飯を食べたりなど残りの留学生活もとても充実した時間を過ごすことができました。

文化映像学部について

私は京都文教大学で国際文化コースに所属していましたが、湖西大学校では文化映像学部に所属していました。春学期からの留学だったので、2022年入学の1年生が参加する、入学アルバムの撮影に参加させていただいたり、MT(短期合宿)にも参加させていただきました。MTは、同じ学科の友人が誘ってくださり、参加することになりました。1泊2日の合宿だったのですが、バーベキューをしたり、遊んだり、お酒を飲んだりなど最初から+最後まで楽しく過ごすことができました。また、授業が被っていない学生とも仲良くなることができました。他にも、授業などを通して学科長や先輩と話す機会が増え、学科のイベントや集まりにも参加させていただきました。イベントを重ねるごとに知り合いも増え、学内で見かけると声をかけてくれたり、一緒にご飯に行こうと誘ってくれたりとあたたかく接して下さる学生が多くて、すごくアットホームな学科でした。

留学中に困ったこと

留学初期は、交通機関を利用する際にすごく手間取ってしまいました。例えば、韓国では日本のように時間ピッタリに電車が来ないことが多々あるため、間違えて違う行先の電車やバスによく乗ってしまいました。留学中に一番困ったことは、帰国前の2週間をどこで暮らすかでした。韓国の大学の夏休みは8月末までですが、京都文教大学は9月まで夏休みがあったので、開講直前まで韓国で過ごす予定でした。そのことは国際事務所の先生にも伝えており、ビザの面でも問題はないとされていました。しかし、夏休み終盤に事務の方から、秋学期から宿舎に住む予定の学生がいるため宿舎が利用できないと言われました。一度承諾を受けていたので、その時にはすでに帰国用の航空券も予約しており、すごく困ってしまい不安でした。最終的には事務の方が、宿舎の事務局と調整して下さり、残りの2週間も無事に宿舎で過ごせることになりました。

「異文化理解」とは

今回の留学を通して、韓国の文化を肌で感じることができ、たくさんの方と出会い、旅行では体験できないことを多く経験できました。韓国に来た当日、不安や緊張で体調を崩していて、配布されたお弁当が食べることができませんでした。そのことを国際事務所の先生に伝えると、すぐにおかゆと薬を買ってきてくださいました。また、他の学科の教授が、「日本で研究をしていた時に日本人にお世話になったから、同じ日本人の学生にその恩を返したい」と私たちにご飯をごちそうしてくださいました。週末には、金居先生【注:湖西大学校で交換留学生の受け入れをご担当いただいている先生】が観光地を案内してくださいました。電車ではいけない場所や、ドラマの撮影地、韓国の神社などにも連れて行ってくださり、ソウルや学校外にも行くことができました。他にも友人の家に泊りに行った際にはご家族が歓迎して下さり、日本帰国前には、友人がプレゼントや手紙まで用意してくれていたり、学校で見送ってもらうなど、留学の初日から最後まで恵まれた環境で留学生活を送ることができました。
このようなたくさんの素敵な方々に支えていただいたおかげで、日本に帰りたいと一度も思うことがなかったくらい、楽しくてあっという間の半年間でした。
今まで国際文化コースで、異文化について学んできましたが、留学に来る前までは違う文化を学び、理解することだけを異文化理解だと考えていました。しかし、今回の留学を通して「日本人だからこうだ」、「韓国人だからこうだ」といった国の文化だけに焦点を当てて考えるのではなく、まずはその人自身を知ることが大切であると感じました。留学を通して授業では学べない文化も肌で感じることができました。

感謝の気持ちでお返しを

日本に帰国後、湖西大学校からも、2人の学生が交換留学で来てくださいました。私が湖西大学校で留学していた時にたくさんの方々に支えていただいた分、「京都文教大学に交換留学に来てよかった」と思っていただけるように、今度は私がサポートしていきたいと思います。また、日本語教室での経験を活かして来年受講予定の日本語教師の実習や日本語教室に取り組もうと思います。
最後になりましたが、留学準備から留学後まで支えてくださった方々、留学を通して出会った方々、素敵な時間を一緒に送ってくれた友人に感謝を伝えたいです。今回の留学は私にとって貴重な経験であり、夢のような時間でした。本当にありがとうございました。

2022年度 
韓国・湖西大学校 在学留学体験記

総合社会学科 Rさん(参加時4年生・女性)
留学期間:1年

夢の韓国留学にむけて

私は中学生の頃から色々な国の音楽を聴く事や、映画を見ることが好きで、高校生の頃にK-POPや韓国に興味を持ちました。そこから字幕や日本語訳で韓国文化に触れていましたが、字幕や日本語訳に頼らず自分の耳で韓国の作品を楽しみたいと思い、韓国語を勉強するようになりました。日本で韓国語の勉強をしながら韓国の文化に触れているうちに、韓国と日本とは似ているけど違う点がたくさんあるということに気付きました。そこで実際に韓国に行って韓国の文化を体験したいと考え高校生の頃から韓国に留学をするのが夢でした。

京都文教大学に入学してからは大学に交換留学に来た韓国人と友達になり韓国について色々教えてもらいながら、交換留学にむけて準備をしていました。ついに留学が出来る2回生になり楽しみにしていたのですが、新型コロナウイルスのため交換留学が中止になりました。2年間も交換留学が中止になると韓国語への勉強意欲がなくなり覚えていた単語や文法もほぼ忘れていきました。留学が出来ないまま4回生になり、まだ留学が出来るか分からない状況だったので、留学を諦めて就職活動をするべきか悩んでいました。しかし韓国にいる友達やゼミの先生から、せっかく準備をしたのだから絶対に諦めるなと背中を押してもらい韓国に行きました。

心折れそうになるもくじけず、先生の言葉を励みに

大学の授業が始まったのは3月1日からでしたが、コロナウイルスの対応の影響で韓国への入国が遅くなり、渡航する前から日本でオンライン授業に参加していました。春学期に履修していた授業は『祭り企画』『イベント企画実習』『韓国語・書く』『韓国語・聞く』でした。他の授業も希望はしていたのですがオンライン対応はしていないため、なくなく辞退しました。
『祭り企画』と『イベント企画実習』の授業ではグループワークで進行していたのですが、チーム分けは韓国人4人、中国人5人、日本人1人でした。その時オンラインで授業を受けていたのは日本人だけだったので、会話に参加をしても無視をされ韓国人の学生だけでグループワークが進められとても悲しかったです。韓国に行く前から心が折れかけていましたが、『韓国語・書く』の授業で担当の先生に「韓国語が出来なくてごめんなさい」と言ったときに先生が「あなたは十分できている、はやくあなたに直接会いたいわ」と言ってくださり、そのときの言葉を励みに韓国語の勉強をしました。
韓国に入国してからもグループワークの授業では留学生は韓国語ができないイメージがあるため話しかけても無視という学生が多くて「ここで負けてはいけない」と思い、言葉はできなくてもやる気だけはあるという姿を見せていくと、だんだん理解してもらえるようになり最後には一緒に企画をしました。もう1つのグループワークでも理解してもらうのが難しかったのですが、同じグループだった中国人の留学生が声をかけてくれて簡単な韓国語でワークの内容の説明をしてもらい、一緒に授業を乗り越えました。

「語学堂」で韓国語能力をみがく

過去に湖西大学校へ留学した先輩から語学堂に行くのは時間がもったいないと言われて語学堂を受けない予定でしたが、韓国に行ってから韓国人の友達とコミュニケーションが取れないのが悔しくて語学堂に週2回通うようにしました。私が通っていたクラスには中国人、アメリカ人、フィリピン人の学生が一緒に学んでいました。私だけ遅く通い始めたのですがみんな暖かく迎えてくれてとても嬉しかったです。私は韓国だけではなく色々な国の文化に興味があったので、韓国人じゃない外国人の友達と韓国語でお互いの文化について紹介しあえたので私がしたかった異文化交流ができたので語学堂に通ってよかったと思いました。
語学堂の先生も親身に私の悩みを聞いてくださったり、韓国語も丁寧に教えてくださったので一気に韓国語能力が伸び、最後のテストではクラスで1番の順位を取りました。今考えると韓国以外の外国人の友達と韓国語でコミュニケーションを取ることはなかなか難しいことで、貴重な経験でした。

コンビニのおばさんとの出会い

私にとって韓国は初めての海外だったので、生活のすべてがびっくりすることや不思議なことがいっぱいで初めは楽しかったのですが、だんだん周りと比べて自分の韓国語のできなさに落ち込んでいき、会話をするのも嫌になり、人と関わりたくないと思うようになっていきました。でも念願の韓国留学なのにただ落ち込んでいるのは時間がもったいないと思い、韓国人の友達や先生がよく使う文法や口癖を見つけてそれをメモして、授業の後にその文法を調べて勉強をしていきました。やはり勉強を続けることでだんだんと友達や教授の話す韓国語が聞き取れるようになり、改めて語学勉強の楽しさを知りました。
初めは自信がなくて友達と話すのも苦手でしたが、私がもっとも嫌だったことは先生や事務の方など年上の人と話をすることで、そうした場面ではすぐに逃げていました。しかし私が一人でコンビニに行ったときに店員のおばさんに「もしかして日本人?」と声をかけてもらい会話をしているうちに、だんだん自信を持って話すことができるようになりました。おばさんと話をしたくてほぼ毎日コンビニに行って仲良くなっていくうちにご飯やお菓子まで貰うようになりました。おばさんに「日本人の友達が出来て嬉しい」と言ってもらいその言葉がすごく嬉しくて、その後は自信を持って年上の人や銀行、郵便局の人とも積極的に会話ができるようになりました。

寮生活での苦労

学生寮では私は韓国人と2人部屋で過ごしました。ルームメイトは「外国人の友達を作りたかったから申請した」と言ってくれて、初めは嬉しくて一緒に食堂でご飯を食べたりルームメイトの友達を紹介してもらっていました。しかし段々ルームメイトが夜中に友達と電話をしたり、私が寝ているのに夜中に物音を立てながら部屋に戻ってくることが多く、睡眠不足とストレスがひどくなり、ルームメイトにはルールを守ってほしい、電話をやめてほしいと言いましたが、理解してくれようとしなくて何回注意しても直らずストレスがひどく、違う文化の人と暮らすのは簡単なことではないと思いました。部屋に帰りにくい時は仲良くしていた韓国人の友達が一緒に夜中まで図書館で勉強に付き合ってくれたり、日本人の友達の部屋に泊まったり沢山の友達に助けてもらいました。

日本語教室のお手伝い

課外活動では日本語サークルに参加をしていました。日本留学に興味のある人が集まってお互いの文化を説明したり、ご飯を食べに行ったり短い期間でしたが10人ぐらいの人と交流をしました。
また6月から12月まで、夕方に行われている日本語教室のお手伝いもしていました。対象の学生は日本に就職をしたいゲーム学科の学生さんで、初級の日本語からビジネス日本語まで教えていました。私は京都文教大学で1回生の頃から日本語教育のボランティアに参加し、また3回生の時には日本語教育の実習に行っていたので、湖西大学校での日本語教室のお手伝いをできたことがとても嬉しかったです。3回生のときの日本語教育実習は新型コロナウイルスのため国内実習だったので、韓国で学生に日本語を教えることができ、そしてお互いの国の言語を学んでいるので情報を共有することもできて嬉しかったです。

今後改善されたらいいなと思う点

湖西大学校には語学堂という語学学校があるので、交換留学だけではなく語学留学もできる制度があってもいいなと思いました。また、湖西大学校には8学部55学科があります。私たちは文化映像学部・文化コンテンツ企画学科の授業のみ履修が可能ですが、他の学科の授業を履修できたらいいなと思いました。(実際に建築学科の授業を履修したいとお話ししたのですが断られました)

これからの目標に向けて

この交換留学ではいろいろなことが経験できました。ネットの情報だけの韓国しか知りませんでしたが、実際に現地に行かなければ分からない事がたくさんありました。交換留学をする前は引っ込み思案で何を始めてもすぐに諦めてしまうことが多かったのですが、留学を通して初めは会話もできずコミュニケーションが取れなかったけど勉強を続けた結果、自信を持って行動したり人と関わることができるようになったのが自分にとっては一番の成長だと思います。 また、韓国に留学して思ったことは日本と韓国は近い国ですが文化が違うのでそれを理解するのが難しくて辛かったり、少し心寂しい事もありましたが、自分が学びたいことを日本人、韓国人、中国人の友達にたくさん支えてもらいながらできたので、私の韓国留学は充実していたなと思います。また1年間も韓国留学をしていたので韓国能力試験(TOPIK)の上級だけではなくハングル検定などの資格も前向きに受けたいと思っています。

2022年度 
韓国・湖西大学校 在学留学体験記

総合社会学科 Yさん(参加時4年生・女性)
留学期間:1年

「語学堂」で基礎固め

私は春学期に週2回語学堂に通いました。語学堂では、韓国語の能力によってクラスが分かれており約6クラスほどありました。その中で、私は韓国語能力試験約4級程度(中級)のクラスに振り分けられました。クラスメイトは、中国人とベトナム人が多くその他にウズベキスタンや英語圏の学生を含む計16人でした。少人数だったため、分からないことがあるとすぐに質問が出来ましたし、会話練習などもしやすかったです。

そして、日本人が私1人だったため初めは友達が出来ず1人でいましたが毎朝1番に教室へ行き、クラスメイトが来るたびに挨拶をすることで段々仲良くなることが出来ました。また、日本や日本文化に興味を持っているクラスメイトがいたので、思い切って話しかけるなど、様々な外国人と仲良くなれるチャンスはめったにないと思い、勇気を出して行動をしました。その結果、様々な外国人と交流することが出来、授業終わりには一緒にご飯に行ったり、週末に遊びに行くなど貴重な体験をすることが出来ました。
結果的に、春学期の約4か月間語学堂に通って良かったです。韓国に行ってすぐは表現や文法などの基礎が出来ていない状態だったので、学部での授業だけで韓国語を伸ばすことは難しかったのではないかと思います。費用もかかりますし、学部の授業と並行するため忙しいですが週2回の約8時間通うことでより基礎を固めることが出来たと思いました。

グループワークでは、自分ができることをまず探す

私が留学した文化映像学部は、よくグループワークをする学部で留学生も多かったです。留学中に、グループワークがある授業を3つ受講したのですが、まず勉強不足で授業内容を理解できないという点でとても困りました。留学に行く前から、韓国語を勉強しておりハングルや単語などを読み書き出来、理解できる程度だったのですが、本来学んでいる学部と違う専門的な話や日常会話以外の韓国語を聞き取ることは難しかったです。また、資料や講義はすべて韓国語のため、理解するまでに時間がかかりました。そのため、事前に資料に目を通すなどの予習と授業終わりの復習は必須でした。そして、グループワークでも困りました。韓国の学生たちは、1回生からグループワークを頻繁にしているため、分析や問題解決などをやり慣れている状態でした。しかし、私はあまりグループワークをしたことがなかったためやり方も分からず、言語も不足していたため、意見を求められてもなかなか伝えることが出来なく悔しい思いをしました。しかし、留学に来て現地の学生と同じ授業を受けているのに何もしないのはもったいないと思い、今私が出来ることを必死にやろうと思いました。特に、毎回授業の終わりに出るグループ内の宿題や、資料調査や、企画の案などは時間をかけ、些細なことでも書き出し提出するようにしていました。そうしたことで、徐々に認めてもらえてコミュニケーションをとることが出来ました。この経験から、分からないことがあってもすぐに諦めるのではなく自分が出来ることを探し地道に取組むことは大切だと気付きました。時間がかかっても着実に出来るようにしていくことはこれから起こるどのことにも共通して言えることだと思うので、大切にしていきたいです。

試行錯誤の寮生活

私は家族以外の人と暮らすことが初めてで長い間実家から離れるのも初めてでした。そのため、韓国で寮生活を送れるのかとても不安でした。最初は、4人部屋で韓国人とのルームメイトを申請していたのですが、希望者が現れずしばらくの間は一緒に留学をしていた日本人と暮らしていました。なかなか希望者が見つからなかったので、韓国人の友達に紹介してもらい、韓国人1人、日本人2人の3人での同室になりました。寮担当の方にも手伝っていただきましたが、私たちで探し、直談判しに行ったのが良かったと思いました。韓国人1人、日本人2人の同室でいい点は、日本人だけではなく韓国人もいることで日常会話が韓国語になることです。やはり、日本人だけで暮らすと日本語で話してしまいがちですが1人でも韓国人がいることで、常に韓国語を使おうという意識を持つことが出来ました。そして、授業内容やネットショッピングなどで分からないことがあると聞くことが出来ることです。留学当初は、手続きなどが多く分からないことが沢山ありましたが、そのたびにルームメイトに教えてもらいながら解決することが出来ました。しかし、外国人と暮らすことは良いことばかりではなく難しいこともありました。やはり、お互いに言語や育った環境が異なるため、十分に理解できない部分もありました。特に、大きな喧嘩はありませんでしたが、お互いに言えず我慢することが多々あったと思います。改めて、意思疎通の難しさと他人と生活する難しさを知ることが出来ました。
2学期では、4人部屋よりも施設が良い2人部屋に移り韓国人とのルームメイトを希望しました。しかし、2学期から留学生が多かったことと2人部屋だったため私は最後まで2人部屋を1人で使用していました。1人だったので、1学期の頃よりも、寮内での韓国語を使う頻度は減りましたが、中間テストや期末テストなどの勉強したい時には、時間や騒音を気にせずに勉強が出来たのでその点では良かったです。寮内で、韓国語を使う機会が減ったので食堂や友達と遊ぶとき、日本語教室でのお手伝いの時には積極的に韓国語を使うようにしていました。また、授業がない日や週末には1人で市内やソウルまで行き、なるべく韓国語に触れるようにしていました。そのおかげで、1学期のころよりもリスニングやスピーキング力が伸び、相手が話していることが分かりやすくなりました。

課外活動で友人を作る

学校が行っているEMCという少人数で日本語を行うプログラムと日本語教室、そしてバディープログラムという1対1で韓国人の学生とマッチングし交流するプログラムに1年間参加しました。EMCと日本語教室では、日本語や日本の文化に興味がある学生と交流するプログラムで主に会話練習の手伝いをしました。特に湖西大学のゲーム学科の学生は日本での就職に向けて、日本語を詳しく勉強するプログラムでした。初めから全員日本語を話せるのではなく、能力にばらつきがあったため、ひらがなやカタカナから始まりました。しかし、回を重ねるごとに授業も難しくなり、ずっと日本で育ってきた私ですが、高校までの授業以外で日本語そのものを学んだことがなかったので細かく説明するのが難しかったです。そこで、多くの友達を作りました。EMCで出会った友達とは今も仲良くしており次の学期から日本留学をする友達もいます。そして、日本語教室は夜10時ごろまであり寮や学校近くに住んでいる学生が多かったので、週末には遊びに行ったりご飯やカフェに行きました。日本語と韓国語で会話していたため、お互いに勉強になりましたし言語を学んでいる人が近くにいたことがとても心強く刺激にもなりました。
バディー・プログラムは希望制で、韓国人学生との交流を通して留学生活での不安や困ったときに頼れることなどを目的にしたプログラムで、バディーは必ずしも日本語を話せる学生ではありませんでした。1学期は、全く日本語が話せない学生でしたが、日本に興味を持っていたためお互いの国についての紹介や文化の違いなどについて話し合い、交流することが出来ました。2学期は、以前湖西大学に留学していた本学の卒業生と友達だったため日本語を話せる学生でした。そのため、難しい表現や分からないことがあれば日本語で説明してくれて、より理解することが出来ました。このように、本校でも留学生と言語や外国に興味がある学生が主体になり活動出来るプログラムがあれば、留学生も安心できますし、繋がりを深く広く出来るのではと思いました。

留学を通して身についたもの

約1年間の韓国留学を通して、身に付けた能力はまず粘り強さだと思います。留学中は楽しいことばかりではなく大変なこと難しかったことが沢山ありました。そのたび、すぐに諦めるのではなく粘り強く何事も一度挑戦してみることが大切だと思いました。語学堂や学部の授業の中でも、問題に直面しても諦めずに、自分が出来ることを少しずつ行動に移すことで成長できることを体験したからです。「할 수 있다.하면 된다.」(できる。やればできる。) これは、湖西大学校のスローガンです。本当にその通りで、最初は難しいことも実際にやってみると出来たり、少し工夫すればハードルが下がったということがありました。最初のイメージだけで諦めるのではなく失敗を恐れずやってみること、これは今後どんな問題に直面しても意識していきたいと思いました。
そして、言語です。留学をする前は、韓国語能力試験(TOPIK)初級の2級程度の言語力でした。留学をする中で、ルームメイトや友達、授業など常に韓国語が溢れている生活だったので語学力が伸びて、最終的には高級の5級を取ることが出来ました。特に友達との会話であったり、バディー・プログラムなどの活動、また日本語教室で仲良くなった友達に作文を添削してもらいました。このように、常に韓国語の先生がいて毎回丁寧に教えてくれたおかげで取れた5級だったと思います。次は、最高級の6級を取得できるよう引き続き勉強を頑張りたいと思っています。

行動しないと分からなかったこと

実際に韓国留学をしてみて、ニュースや新聞・ネット等で報道されていた日韓関係とは違い、私が日本人だから、日本が嫌いだからといって嫌な思いをすることはありませんでした。反対に、思っていた以上に日本が好きな人、日本語を勉強している人に沢山出会えました。これは、実際に韓国に来て生活をしなければ分からなかったことだと思います。1年という長そうで短い期間の中で、何をするのか、どこへ行くのか、全ては自分で決めることが出来て、行動しなければなりません。沢山勉強もしたし、沢山遊んで友達も作りました。そして、旅行にも行ったり、1人でカフェや映画館にいくことなど日本でもしたことがない経験もしました。

毎日が新鮮で新しい発見があったので、1度も日本に帰りたいと思ったことはなく、特別な理由がない限り帰国しませんでした。そのくらい、充実した意味のある留学生活だったと思います。コロナウイルスの影響によって、4回生からの留学になり不安なことが沢山あり、諦めてしまいそうな時もありました。しかし、留学しなければ分からなかったこと、体験できなかったことが沢山あり、今では留学を諦めないで良かったと思います。この1年間ただ時間が過ぎるのを待っているのではなく何か形に思い出に残したいと思い、自分らしく駆け抜けられた濃い1年になりました。1年間、支えて下さった先生方や一緒に思い出を作ってくれた友達に感謝しています。ありがとうございました。

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